【第一部完結編】フィーネ・デル・モンド! ―— 遥かな未来、終末の世界で失われた美味を求めて冒険を満喫していた少女が、なぜか魔王と戦い、そして……
第25話 Thy Holy Kingdom Come (主の聖なる王国よ来たれ)
第25話 Thy Holy Kingdom Come (主の聖なる王国よ来たれ)
ここにおいてついに、彼らが悔い改めるべき
「1万2000の正しき人を選び、この国から逃れる準備をせよ。それ以外の人々は全て穢れているので、決して情けをかけてはいけない。わたしは半年の後、わたしのしもべである魔族の領主たちに命じ、この国を討たせるであろう。多くの民は死に、あるいは魔族の
ホセアは
魔族が主のしもべとはいかなることか。
彼らこそ主の御心に叶わず、忌み嫌われ、人によって滅ぼされるべき存在ではなかったのか。
しかし彼は主の前に
すると主は
「驚くことはない。魔族とは、現在の汝らより以前に創造された人類であり、
ただし、汝は教えに従って正しく考え、正しく行う人であるので、わたしが汝を罰することは決してない。それどころか、わたしは汝を地の全てを統べる王国の祖、そしてその民を、あらゆる生きとし生けるものを導く人たちとしよう。
そしてホセアはもはや
あらゆる
地位に
馬車を揃え、旅の間の水や食料、その他の必要なものを整え終わったまさにその翌日、ついに魔族の大軍が押し寄せた。
それは主がホセアたちの準備が整うのを待っておられたかのようであった。
軍勢の数は40万を超え、50万に迫ろうとするものであった。常には互いにいさかいを繰り返すばかりの魔族の有力な領主たちが、この時だけは手を組み、ヒト族の首都・ヘルムを滅ぼしに来襲したのである。
神官も為政者もこの意外な事態に狼狽したが、ホセアだけは知っていた。全ては人智を超えた主の御計らいによるものだと。
この次第は
魔族の軍は旧文明の遺跡から発掘、整備した恐るべき兵器までもを無数に揃え、兵士ひとりひとりの眼はヒト族を害する敵意に醜く燃えて、地獄からよみがえった亡者の大軍のようであった。
その蛮声が合わさった響きは天地を揺るがし、行進の靴音は最後の審判の雷鳴の轟きのようであった。
安逸の日々に
兵たちは隊列を乱して追い回され、剣や斧、銃弾の
そして太陽が中天にかかる頃、主の予定された通り、戦場に立つヒト族の兵は一人もなかった。
そこにある無数の立ち姿は
すぐさま彼らは街を取り囲む長大な城壁の攻略にかかった。数知れぬ魔導の砲を並べ、衝撃弾を次々と撃ち込んだ。
城壁ばかりではなく街全体の地面や床が激しく振動し、守りが破られるまでには時がないことを思い知らせた。
この時、ホセアたちは既に城壁の外にいた。
かねて主の命じられた通り、西の門の番人たちを倒し、一心不乱に馬車群を西方へと走らせていた。番人は
西だけは敵の大軍の包囲の薄い所であった。全ては主の計画に
ホセアたちは馬車の勢いを殺さぬままそこを突っ切り、若干の者たちが魔族と戦い犠牲にはなったが、ほぼ全員が生命を保って大軍の囲みを抜けることを果たした。
魔族はあえて執念深く彼らを追って来ようとはしなかった。城壁内の神殿や邸宅に溢れる金銀や財物を想像し、そちらの方が遥かに魅力的に感じられたのだ。
実際、魔族の兵士はほどなく城壁を破り、大挙して城内になだれ込んだ。
彼らは富裕そうな家々に押し込み、略奪の限りを尽くした。目ぼしい家財は無論のこと、隠し置かれた金銀もことごとく持ち去られた。
魔族はまた、暴虐を行うにも容赦がなかった。
老人たちは見境なしに殺害された。奴隷として役に立ちそうになかったから。
男たちも剣を取って立ち向かう者は殺され、助命を請い願う者は
女たちは犯された後、哀れな姿のまま殺された。
逃げまどい、あるいは恐怖に震え隠れていた無抵抗の子供たちも、その多くが魔族の
そうしてなお、魔族は無数の奴隷を得た。
神殿もまた魔族の略奪と暴虐の対象として、幸運な例外ではあり得なかった。むしろ、その最大の目標であった。
しかし神はもはやここには居られなかった。我ら人類の創造者にして唯一の守護者であられる主は、その偽りの住処をお捨てになり、ホセアたちと共に旅立たれていたのである。
魔族は大挙して神殿を襲い、思うがままの
衛兵たちは容易に蹴散らされた。
うろたえる神官たちは虐殺され、権威を誇示する
アカドもまた殺された。残っていた僅かな側近たちと逃れんとするところを捕らえられ、浅ましくも命乞いをしたあげく、五体を切り刻まれ果てたのだ。側近たちも、同様の見苦しくも無残な死に様を
回廊に並ぶ御使いたちの姿を模した像も全て破壊され、その両目は
宝物殿は破られ、うず高く積まれた財宝はもとより聖遺物でさえ、世俗の価値の有りそうなものは全て略奪の対象となった。
代々の族長の墳墓も暴かれた。我らの父祖たちの
しかし、魔族にとっては最も忌まわしき破邪の神器、祖ヨエル師とブラウ師から伝わる聖なる杖だけはどこにも見つからなかった。それは既にホセアの手にあったのだ。
そして大方の目的が達成された時、油が
折からの西風に煽られて火勢は増し、家々に燃え移り、やがて街全体が火の海となった。
主の栄光を讃える都であった筈が、長年に渡る堕落によって愚か者の街と化し、ついには魔族によって
炎は暗くなりかかった空を赤く
「西風が吹いているうちに、ますます馬に
生まれ育った街への思いも、命を失った肉親縁者や隣人知人への
こうして彼らは大いなる危機から逃れることを得た。
旅は
広大な岩砂漠を越えるには長きを要し、その間には毒蛇に噛まれ、あるいは
車を
それでも選ばれた人々は良く試練に耐え、不満を言う者はいなかった。いずれ訪れる筈の主の恩寵を信じていたからである。
旅立つ前に用意した食糧と水、途上にて倒れ解体された馬の肉もやがて尽きた。
飢えと渇きが続く中、しかし主は彼らの信仰に応えられた。
果てしない荒野に
これは都を逃れて20日目のことであった。
そこには疲れ果てた身体を休めることのできる涼しい木陰があった。
たわわに実る果実が得られ、鹿や各種の鳥などの生き物たちを獲ることもできた。
彼らはそこで数日を過ごして英気を養い、水と食料を得、再び西へと向かった。
それからは日射しの強い昼間は天幕を張って眠り、気温の下がる夕刻になってから車を進めるようにし、少しは旅も楽になった。
更に2週間後、ついに大河に至り、
いよいよ主の言われた通り、眼前に迫る山脈を越えなければならない。
彼らがそこで見上げた山の連なりは、今日の我々がアトラース、つまり「天を支える者」と呼ぶところの山脈であった。
南北に伸び、大陸の西方およそ四半を他の土地から
この山脈を
馬車で険しい
山越えは
季節はまだ春に差しかかったばかりの頃だったので、登るにつれて山の空気は冷たく肌を刺し、ついにはあちこちに残雪が見られた。
しかし更に高い標高に挑み、難所を幾つも制覇しなければならない。
寒気はますます厳しくなり、互いを励ます言葉も減って、手足はひどく凍え、一歩一歩がままならぬものとなった。
落伍者が次第に増えていったが、それは寒さのせいばかりではなかった。
安全のため命綱で身体を繋ぐことにしたが、衰えた体力では同朋を支えきれず、かえって数人がまとめて犠牲となることが
夜は火を
敵は寒気だけではなかった。見張りを立て、寝込みを襲う豹や狼を
暗闇から不意を突かれたり、群れに一斉に攻撃を受けたりし、不幸にも飢えた獣の
それでもなお、疲れと不眠に苦しみながら、彼らはその強い意志と生命力で良く苦難に耐えたと言える。
8日をかけてようやく、モーセスとエミリアの頂きの間にある標高1万フィートあまりの尾根に達した。
このいと高き峠は今は存在しない。その時から遠き未来、主の偉大な御力の顕現によって、民が魔族を滅すために討って出るべく大いなる
そして尾根を越えた時、奇跡そのままに忽然と濃霧が晴れ、彼らの目に映ったのは陽光を浴びて輝く遥かに開けた平野と広大な湖であった。
彼らはそこが主の約束された土地であることを知った。
一行は勇躍して山を下った。
急ぎ過ぎたために足を滑らせたり、石に
山脈に挑んで12日目の午後、ついに山の
残った民を数えてみると、ちょうど7000人であった。これは良き数であり、主の計画通りであったことをホセアは悟った。5000人が落伍するであろうことを主は当初から見越しておられたのである。
彼らは群れを成して野を走る野牛の一頭を捕らえ、それを燔祭として捧げた。
しかしながら、実は彼らにはここにきて大きな不安があった。目の前の広大な湖は塩湖であったため飲料に適せず、周囲にも大勢に新鮮な水を供するに足る川や泉が見当たらなかったからである。
そしてホセアに天啓が下った。
「汝の
ホセアは水際まで進んで、塩が波形を成して幾重にも真っ白に固まっている場所に立ち、主の言われた通り杖を振った。
すると白く濁った湖の水はみるみるその
民が揃って
「
ホセアが御言葉に従うと、果たして岩は砕け、新鮮な水が吹き出し、清らかな小川となって湖に流れ込んだ。
彼は場所を選んでこれを数度繰り返し、民は皆、充分に
主に感謝の祈りを捧げ、野牛の肉や魚を焼いて飢えを癒した後、ホセアは民の中から主の御眼に叶った最も正しき7人を選び、それぞれ1000人の長とした。数ヶ月後に神殿を築いた時、彼らは世俗の指導者だけではなく神官を兼ねることになる。
神殿が教会となり、神官が司祭と名を変えるのは、まだずっと先のことである。
ただし、後世の歴史家の中には、ホセア師を初代の教皇
彼にはこの時も、その後も妻はおらず、したがって子供もいなかったので、その死後、民の盟主には7人の長が合議してふさわしき者を選ぶことになり、それが後々まで代々続いた。
次に1000人
また、子供たちは12歳になると父母の住処を離れ、共同して生活し、平等な教育を受けるように決めた。成長し伴侶を見つけ、自分たちの家庭を営むようになるまではこの生活が続く。
皆はこれらの定めに全て納得して従った。
ホセアの為した奇跡を目の当たりにして、主が彼と共に居られることを改めて信じたから。
そして夕暮れの頃、ホセアは沈みゆく太陽と、湖を背に、民全員に向かい力強く宣言した。
「
更に何を望み得ようか。主はやはり我らを深く愛し給い、決して約束を
あなたたちに言っておく。今も未来も、御言葉には一言一句として
確信せよ。主を崇め、清貧を志し、美食や利便に堕すことなく勤めれば、主の恵みは永遠に我々と共にある。道を違えてはならない。教えに背くことあらば、再び大いなる苦難が我々を襲うであろう。
心せよ。我々は断じて、気まぐれな進化の偶然によって生まれてきたのではない。そこには主の尊き御意志がある。大地を水を大気を汚し、自然の聖なる力を
主の至高の王国の始まりが、ここに訪れた。
群衆はホセアの言葉に強く心を打たれ、その最後に
至高の王国の始まりが、魔族たちの終末の始まりがついに訪れた!
主に栄光あれ!
あらゆる魔族と亜人たちを滅すべし!
滅すべし!
それは教会暦618年、3月23日のことであった。
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