第24話 Having Offended Thee, the Father Almighty (全能の父たる貴方に背きしこと)

 主はついに、ヘルムの国全体の指導者、時の族長であったアカドにのぞんで言われた。これは教会暦612年のことであった。


「アベルそしてヨエルの神にして唯一の主であるわたしが告げる。この国をべる族長であり、かつ神官のおさとしての責任ある威令をもって、汝の率いる全ての民に、不信仰と悪行の罪を直ちに悔い改めさせよ。もしも正しき道に戻ることがなければ、わたしは心ならずも汝らを離れ、長く忘れられることのない苦難を与えるであろう」


 御言葉には人に対する警告と共に愛が込められていたが、アカドは既に享楽に毒され愚かであったので、主の告げられる苦難の到来を信じることはなかった。

 ましてや、彼はおそれ多くも主に反駁はんばくして言った。


「あなたが本当の主であるならば、そのあかしとして、我々の祖、ヨエルに示された熱のない炎の如き御姿を表してくださるように。さもなければ、どの様にしてしもべは言葉が悪霊のものでないと知ることができましょうか」


 主はこれにいきどおられ、怒りをたたえた、しかしそれでもなおおごそかな声音こわねをもって言われた。


「汝はここにおいても過ちをおかすのか。善も悪もわたしの手の内にあるのだ。もしも悪霊が汝に近付き偽りの信託を述べるならば、それはわたしが汝を不義の者と認め、その報いとして恥辱を与え、亡き者としようと欲するからである。悪霊もまたわたしによって遣わされるものであることを知らぬのか。唯一の主である私を試すことは許されない」


 この言葉と共に主はアカドのもとを去られた。

 彼はようやく主に反駁はんばくしたことを悔やみ、神は与えまた奪われる、恩恵をさずけられるように、その意に叶わぬ者には苦難を御与えになることをさとったが、それはあまりにも遅かった。時は逸したのである。

 主はその民を慈しみ給うが、時として裁き給う。このことを我々は心に刻み、常に思い出さねばならない。


 次に主はアカドの息子のひとり、ホセアのもとに下って呼びかけられた。

 彼はこの穢れた世においてなお、正しく考え、正しく行う者であったから。


「ホセアよ、この声が聞こえるか。わたしはアベルの神、そしてヨエルの神にして汝の唯一の主である」


 その時までホセアは久しく病にせっており、若くして足はえ、歩くこともままならなかったが、はなはだ喜び驚きて、急ぎ床の上に半身を起こして答えた。


「聞こえます! 主よ、あなたの言葉を聞き歓喜に打たれたしもべ、小さき者、哀れなホセアはここに居ります!」


 主は彼に告げて言われた。


「わが民に警告せよ。わたしはまず大いなる暴風雨を起こし、彼らを激しく難儀させるであろう。彼らが自らの不実な行いを恥じ、悔い改めるようにである。建物の多くが倒壊し、大河の水はあふれ出て人々を呑み込み溺死させるであろうが、残された者たちは、その心からの懺悔ざんげによっては、再び平穏を得るであろう」


 ホセアはもとより主の慈しみ深さと断罪の恐ろしさを知る者であり、民の行いの乱れをわきまえる者であった。

 彼は即座に御言葉にかしこみ、目を閉じ両手を組んだまま静かに言った。


「主よ、しもべはあなたが常に正しくあられることを知っておりますので、仰せの通りに致したく存じます。ただ懸念けねんするのは、しもべの足は萎え、身体は弱っておりますので、充分にお仕えできるかどうかということばかりでございます」


 主はまた、これにお答えになって言われた。


「案ずる必要はない。汝の足は強く汝を支え、身体は壮健さを取り戻すであろう。床から降り、立ってみるがいい」


 ホセアが主の御言葉通りにすると、確かに足は逞しく立ち、身体はこれまでになく健やかであった。

 彼は歓喜にうたれて何度も何度も主を讃え、すぐさま民衆の集まる場所へ行って、彼らに向かって主の警告されたところをを伝えた。

 しかし、聞こうとする者は少なかった。

 ホセアは来る日も来る日も熱心に民にのぞみ、主の呼び給う嵐の恐ろしさを説いたが、警告の言に耳を傾ける者は極めて少なく、彼の言葉はおよそ虚しくくうに響くばかりであった。

 人々は皆、安逸な生活に慣れ切っていたのである。


 一方、族長アカドは息子の回復を嬉しく思ったが、同時にそれがあまりに急であったことを少なからずいぶかしんだ。

 更に、側近の中にホセアが説くところを彼に伝える者があったので、主が息子と共にあられることを知り、嫉妬の念を覚えた。

 しかしまた、何日たとうとホセアを信じる者は皆無であるとも聞いた。これは彼の歪んだ心情におもねった誇張であったが、アカドはかねてから心おごり、追従の言さえ喜ぶ者であったので、側近の言葉を無条件に信じ、あえて息子を罰しようとはしなかった。

 このことはホセアにとっては幸運であった。


 そして主の告げられた大いなる暴風雨、戦慄すべき嵐が襲い来た。

 ホセアの言葉を聞いてこの日に備えた者は少なかったので、被害は甚大なものとなった。


 風は猛獣の咆哮のような音をたてて吹き荒れた。それは家々の屋根を飛ばし、壁や柱をきしませ、次々と押し倒し、そこに住む人々は下敷きになった。

 豪雨によってにわかに増水した大河は堤を決壊させ、あふれ、低地に住む民に迫った。彼らは高台に逃れようと大挙して泣き叫びながら走ったが、その多くは為す術もなく激しい濁流だくりゅうに呑まれてしまった。


 断罪の嵐は三日三晩続いた。

 ようやくにして風が静まり雨が止んだ時、国中の建物の数割は倒壊し、その残骸が瓦礫がれきとなって邪魔をして、まともに表を歩くこともできない有様であった。

 また、大河沿いの大半の土地からはなおも濁った水が引かず、そこかしこには逃げ遅れた人や家畜の死骸が浮かび、見渡す限り薄汚い茶色の、まるで不潔な湖のようであった。


 しかしそれでも人々は天を睨み不幸を呪うばかりで、自らの過ちを思い正しき信仰に戻ることはなかった。


 そして人々はあろうことかバアル・ゼブルにすがったのだ。ゼブルとは、暴風と豪雨をもたらすと、かつてその地方に住んでいた魔族によって妄信されていた邪神であるがゆえに。

 彼らは青銅によって、狼や山羊や猛禽もうきんなどが組み合わさったような奇怪な姿の巨大な偶像を作り、それを金銀の派手やかな王冠・装飾品で飾り、大通りの真ん中にえて燔祭はんさいを捧げた。

 像は行き交う人々を睥睨へいげいし、その悪しき効果は絶大であった。

 男も女も老いも若きも、愚かにもこの偽りの神に向かって深く膝を屈し、虚しくも祈った。邪神が二度と嵐によって彼らを苦しめることのないように。


 これは許されざる罪であった。

 バアル・ゼブルとは何者か。闇の王たる堕天使ルシフェルを補佐する者、いにしえより神に背く者たちの首魁しゅかいのひとり、つまり今日の我々が言うところの悪魔公ベルゼブブではないか。


 高位の神官たちもこれには激怒したかのように見えた。しかしそれは実際には、自分たちの権威がはなはだしく汚されたと感じたからであった。

 彼らはすぐさま軍を送り、兵と群衆との間に偶像の棄却ききゃくをめぐって激しい争いが起こった。

 双方が傷つき多数の死人までもが出たが、ついに像は破壊され、それが据えられていた街の、かつて繁華を極めた一角は荒廃した。


 ここに至り、聖なる主の慈しみも当然にして尽きるかとホセアには思われた。

 しかし、天にまします至高の神にして我らの主、その御心は愛に満ち、限りなく広い。主は寛容にも再びホセアに下って言われた。


「汝の父アカドと、神官たち全員、そして民に向かって告げよ。直ちに罪を悔い、正しき信仰へと帰るように。わたしこそが唯一の神、汝ら全ての主であり、他のいかなる邪悪な精霊もまつることは許されない。行いの道も同様である。富をあがめ悪しき欲望の充足を願う卑しき態度を捨て、今こそ皆が心底から尊き清貧を心がけるのだ。これらを聞き入れないならば、わたしは此度こたびは3年の長きに渡って、飢饉と疫病をもって汝らの国をつであろう」


 そしてまたホセアの苦闘の日々が始まった。

 父や神官たちは自らの地位にかけて彼の警告を聞こうとはせず、民はというと先の災いのせいで失った財産を何とかして取り戻すことにかまけるばかりであった。

 犠牲となった命のことも、その災いを下し給うた御方のことも、なぜそのようなことになったかの理由も、彼らにはもうどうでもよかった。手っ取り早く家を建て直し、失った家財に等しいもの、いや、それ以上のものを手に入れるために手段を選んでいる暇はない。

 以前にもまして家業に励むことは勿論だが、それだけでは足りない。この際、隣人を欺き、その財をかすめ取ってでも、あるいは隠れて邪神に祈ってでも一日も早く目的を達するのだ。

 すぐ未来に迫る天罰のことをホセアがいくら説いても、決して彼らの心に響くことはなかった。


 その年の夏は日照りが続いた。

 何十日という間、そしてそれが100日を超えても雨は一滴も降らず、太陽は来る日も来る日もぎらぎらと威圧的に輝き、ゆっくりと天を横切った。

 地の表はすっかり乾き、やがて野も畑も見渡す限り赤くひび割れた。

 大河の水位はみるみる下がり、底が見えるまでになった。耕作地に水を導くための水路はとうの昔に干上がっており、何の役にも立たなかった。

 秋になっても雨雲の気配はなく空気は乾ききったままで、相変わらず激烈な日差しとあいまって、人々の皮膚は干からび酷く痛んだ。

 当然、作物の収穫は無残なことになった。麦も雑穀も他の作物も全て枯れ果て、取れ高が皆無に終わる畑が続出した。

 街人も農夫も恨めし気に空を見上げ、呪いの言葉を吐いたが、天は一向にそれを気にする様子はなかった。


 また、夏の終わりから奇妙な疫病が流行りだした。

 初めは軽い咳と微熱が続き、その症状が少しずつ悪化しながらも、寝込む程ではないので油断して働きに出かけ、人と会う。数週間を経て突然に激しく苦しみ、嘔吐おうとし、ついには昏倒する。高熱を発し、額や首筋に大きな腫物はれものができる。食事は勿論のことにままならず、絶えずうわごとを言い、果てはのたうち回って死ぬ。

 この時には既に家族や隣家の人々、知人たちにも疫病は感染うつっており、その多くがやはりとこに臥せ苦しんでいるのだ。

 年齢や元々の体力の強弱に関わらずわずらい、高い確率で死に至る未知の病であった。


 やがてあちこちの家々の窓から苦悶の声が聞こえるようになって、その数は倍々に増した。

 冬が来る頃には、かつて多くの人々が常に行き来した街の通りには、家族を失った嘆きの声だけが蔓延し、あちこちの村ではおよそ全ての住民が疫病に倒れ、死に、あるいは逃散ちょうさんし、あたりは打ち捨てられて静まり返るばかりであった。


 大規模な凶作と疫病の流行に、残された民も動揺し、こぞって神殿や政庁に押しかけてほどこしを請願した。いや、当初は請願だったかもしれないが、神官や役人の反応の薄さを見たそれはすぐに激烈になり、むしろ大集団での脅迫に近いものになった。


 こうした不穏な動きに対処して、やむなく国庫は開かれ、大量の穀物が群衆に分け与えられた。長い年月の豊作と高い税率のおかげで、指導者たちの蔵は大いに潤い、肥え太っていたのだ。

 また、施療院の扉もようやく一般に開放され、昼夜の別なく重病人が運び込まれるようになった。疫病の始まりから長いあいだ、あまりの病人の多さに、利用は族長とその近き一族、神官とその子女、兵士たちだけに限られていたのである。


 しかし、それでも事態はあまり好転しなかった。

 旱魃かんばつは次の年も、また次の年も続き、食糧の蓄えは尽きた。

 疫病は相も変わらず猛威を振るい、死者の数は増えこそすれ、一向に減る様子はなかった。


 主の言われた3年が過ぎた時、確かに飢饉と疫病は治まったが、民の数はその三分の一を減らしていた。


 それでもなお神官たちは無責任に役人の無能を責め、役人は民の怠惰を非難するばかり、民はというと自分たちに降りかかった不幸を嘆いては、またすぐに世俗の欲にまみれた生活に精を出すばかりであった。

 何十万という人の住むこの国において、主の警告されたところを思い出し、自らの悪しき行いと不信心を恥じる者は、あまりに少なかった。


 苦難の時にこそ現れるべき、主の御言葉に基づき民衆を正しく導きうる義人はいなかったのか。

 否。民衆の方こそ殆どが、最初から最後まで義人や預言者など求めてはいなかったのだ。

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