或る神の願い
シリウス
手放さずにいてほしいもの
切れ目のない雲に腰掛け、遥か眼下の営みを眺める。
「お。また見守りか、サトシ? 精が出るなあ」
前方から声を掛けて来たのは、腐れ縁のマモルだった。
長い黒髪。奇抜なデザインのTシャツ。ありふれたジーンズ。固い印象を与える名前とそぐわないお気楽な格好は、相変わらずである。
「お前が奔放過ぎるんだよ……自分の役目、忘れてるんじゃないのか?」
「固い事言うなって。見守りしようがサボろうが、人間の助けにも邪魔にもなれやしねえんだからさ」
「……開き直りもそこまで行くと、清々しいな……」
悲観的な台詞を破顔しながら言い放って座り込む姿に、呆れと羨望が混ざった複雑な笑みを漏らす。
俺も同じ考えだったなら、無意味で無価値と分かっている悩みに、それでもなお頭を痛めたりせずに済んだのだろうか……
信仰の対象。
その意味では、俺達はとりあえず『神』と名乗れるだろう。
だが、人々に想像されているような、絶大な力を有してはいない。可能な事と言えば、自分を創った人間ただ一人を見守るのみ。
勿論、善人へ祝福をもたらし、悪人へ天罰を下すなど、夢物語の領域だ。
「……ところで……気付いてるか?」
打って変わって暗く真剣な表情になったマモルに、無言で視線をぶつける。
「ミユキの奴、ついさっきオレの前で消えちまったよ……」
「……そうか……」
予想通り飛び出した、珍しくもないがどうしても割り切れない報告に、焦点は自然と下がっていた。
俺達は人間に願われて生まれ、彼等に信じられて息を繋げる。逆に言えば、望まれなければ出現すらできず、よしんばこうして肉体は得られても創造主たる人間に見切りを付けられればすぐさま消滅してしまう。
それ程、無力な存在なのだ。
「しかしミユキの創り主って、随分信心深い印象だったけどな」
「その創り主が親に急死されて、『神様なんかいくら必死に信じたって守っても助けてもくれない』って考えるようになったんだと。ミユキが消える間際に言ってた……」
「……手厳しいな……返せる言葉もない……」
無理にでも苦笑いしようとしたが、顔に現れたのはごく小さな熱い滴だけだった。
「何で……何で、こんなに無力なんだろうな……神様って……」
「……サトシ」
マモルに愚痴を零したいのか、独り言で片付けたいのかすら、自分でも分からない。
ただ震える身体に釣られるように、抱え込んでいた弱音が溢れ出す。
「偉そうな名前持ったくせに、創り主一人も手助けできずに見てるだけなんて、ただの覗き魔じゃないか……」
「その辺にしとけ、サトシ。根暗になり過ぎたら、創り主に切られるまでもなく自滅しちまうぞ。ヨウジと同じ死に方したいのか?」
「だけど……」
「確かに歯痒いけど、しょうがねえさ。鳥が空しか飛べなかったり、魚が水の中しか泳げないのと同じで、神は人間を見守ることしかできないんだ。そこには理由もへったくれもない。そういう風に生まれついてる、それが全てなんだからな」
俺は言葉もなく俯いた。
マモルの理屈は正しい。反論の余地などない位には。
さりとて、素直に納得もできない。
それでも折り合いを付けるには、どう考えれば良いのだろう。
「……まあ、こいつもあくまでオレの意見だが……」
所作からこちらの心中を察したように、マモルが続ける。
「オレ達が消されていないのはきっと、創り主が一番大切な物を捨てずに持ち続けている証拠なんだ。だとしたら、ただの覗き魔なんて卑下してちゃ罰当たりだぜ」
「一番大切な物……? それって……」
「人間……に限らないか。生き物が生きて行くのに不可欠なエネルギーさ。まあ、オレ達はそいつを持っても自滅しないのがやっとだけど……生き物達はそれさえ忘れなければ、色々な生き方ができるんだ」
「色々な生き方……」
「ああ。茨の道を進むのも、真っ暗闇を歩くのもな」
その瞬間、脳裏をよぎった文字が眩く輝いた気がした。
「マモル、それって」
「あ、言うなよ? 散々褒めちぎっといてアレだけど、はっきり言われると恥ずかしい台詞だしな」
照れ臭そうに頭を掻いて、マモルは立ち上がる。
「ただ……サトシ。お前と、お前の創り主は、きっとまだ大切な物を握り締めてるよ。これから先も、手放すんじゃないぞ?」
次いで屈託なく微笑むとポケットに手を入れて、何処へともなく立ち去って行った。
「そうだな、マモル……」
マモルの言う、手放さずにいてほしいものとは何なのか。
その答えを確信し、久し振りに素直な笑みが浮かんだ。
「希望ってやつは、見限っちゃ駄目だよな」
ふと、下界の創り主を伺い見た。
俺より多くの悩みや苦しみを抱え、塞いでいたはずの面持ちに、微かな明るさが宿っていた。
或る神の願い シリウス @km5243
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