第1話その5
家に着くと、さっき保健室で寝たせいか、あまり眠気は感じられなかった。
カバンを机の横に置いて、何をするでもなくベッドに横になる。
外はまだ明るく、こんなに早く帰ってくるのは久々だった。
「いい天気だなー」
窓の外を見ながら、思わずつぶやく。
春先の、暑くも寒くもない丁度良い陽気で、遠くからは鳥のさえずりも聞こえる。
窓を開けると、どこからか甘い香りが漂ってくる。何の花だろう。
Aのことを思い出し、いよいよ目が冴えてきて、勢いよくベッドから立ち上がった。
台所で冷たいお茶を用意して、本を片手に縁側に出た。
まるで日曜の昼下がりのような感覚で、寝そべって読書をする。
しばらくお茶を飲むのも忘れて読み耽った。
数十分後、喉の渇きを覚えてふと顔を上げると、遠くから、帽子を被り少し大きめのザックを背負った中年男性が森の奥に向かって歩いてくるのが見えた。
ハイキングに来た人だろうか。珍しいな、と思った。
と、クリーム色の何かが目に入る。
男性の腕に、クリーム色の傘がかかって揺れていた。
違和感を覚えた。
今日は雲ひとつない快晴で、この後雨が降る予報はない。
そもそも、男性の服装と折り畳みではないクリーム色の傘というのもチグハグな感じがする。
ほんの少しの違和感だったが、つい、目を凝らしてジッと見つめてしまった。
そして、気がついた。
男性の腕にかかって揺れていたのは、傘ではなく、人間の腕のような形をした物体だった。
丁度男性の肘に手を引っ掛けるようにして、引っ張るように腕が前後に揺れながらぶら下がっている。
思わず、「ひっ」と声を出してしまった。
男性が気づいてこちらを見る。
そして、なぜか笑顔で、こちらへ小走りに向かってきた。
「すみません!この辺で、F登山道の駐車場を探しているんですが…」
私は冷静さを取り繕いながら答えた。
「あ……それなら、反対側ですね。少しふもとに降りてから、この道路をまっすぐ行くと……」
スマホの画面で地図を見せながら解説した。
「ありがとうございます!いやー気づいたら迷っちゃって。スマホの電源も切れちゃうし、危なく帰れなくなるところでした。助かりました!」
男性は爽やかな笑顔で、来た道を逆に戻っていった。
いつの間にか、クリーム色の物体は消えている。
数日前の、彼女が手に持っていた傘も、これだったんだろうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます