第1話その4

Aとの会話から一週間ほど経った後、入院していた彼女が学校に戻ってきたのを目にした。

あの事件があったことを忘れているかのように、普通にクラスメイトたちと笑顔で会話しながら廊下を歩いていた。

すれ違いざまに一瞬目が合って、お互いに、あ、という表情になったが、彼女の方からすぐ目を逸らした。

元々それくらいの仲だから当たり前といえば当たり前だが、私は少し不服だった。

こういう場合、第一発見者にはもう少し感謝の気持ちとか持つものではないのか?

せめて会釈ぐらい、微笑むくらいの愛想があってもいいのでは???

悶々としながら歩いていると、微妙な表情に気づいたヒカルがニヤニヤしながら、

「どーしたー?機嫌悪くない?」

と言って背中をバンバン叩いてくる。

「やめてよ、それ」

体を捻りながらかわそうとすると、正面から歩いてきたAにぶつかった。

フワリとまた植物の甘い匂いがする。

「すみません!」

「気をつけてね」

Aは微笑んで、スッと歩いていった。

「Aってさ、独特の匂いがするよね」

ヒカルが鼻をクンクンさせながら言った。

「うん、なんの花の匂いだろ。いい匂いだよね」

「そう?自分は苦手かなー。何かお香とか線香の匂いっぽくない?」

そういう風に感じるものもいるのか、と思った。


その日は快晴で、午後の体育は自分の苦手な持久走だった。

途中まで頑張って走ってはいたものの、最近寝不足だったせいか、後もう少しでゴール、というところで転倒してしまった。

しかも一瞬気を失ってしまったらしい。

目が覚めると保健室だった。

「ちゃんと夜寝ないとダメよー」

保健の先生が母親みたいに注意する。

「すみません。気をつけます」

「ま、今日はもう部活とかしないで、すぐ帰りなさいね」

別に運動部ではないのだが、お言葉に従って、すぐに下校することにした。


下校する前、またしても廊下でAと遭遇した。

「大丈夫?顔色悪いけど」

「あ、もう平気です。でも早く帰りなさいって言われたので…」

「そっか。なら、帰ってしっかり寝たほうがいいね。こないだみたいに夜に外出歩かないようにね」

「あれは、非常事態ですよ!あんなことがなかったら外には出ませんから」

「そう?じゃ、気をつけてね。さよなら」


何だか、Aとの距離が前よりも縮まったような気がする。

少し嬉しくなった。

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