裁き

 王族の館前の広場で裁判が開かれようとしている。捜査が必要なことはほとんどなく、王子が目を怪我した翌々日の開催となった。たんなる傷害事件であれば、王族が絡む裁判とて普段は聴衆がほとんどいない。しかし、今日はかなりの人出だ。美しいと評判の、しかもこの都市の住人はまだほとんどその姿を見たことがない娘が、裁かれるためとはいえ人前に姿を現すとあって、人々の関心を集めていた。

 被告は長老宅に逗留している他部族の若い女である。その母親が自分たちの王族の出であることまで知っているのは王族など限られた人間だけであった。原告は部族の王子だが、目の怪我で裁判への不参加が告げられていた。王子にはこの女を訴える意思は一切なかった。それを主張されては困るので、王子には裁判の件は伏せられたまま、目の治療を理由に裁判の間は森の泉に連れ出されていた。清らかな水はあらゆる病や怪我に効く。実質の原告は、王家である。戦闘でもないのに、王子がいきなり目を怪我したとあっては、部族内であらぬ噂が立ってしまう。それが他部族にも広がれば、将来王位についた際になにかと不都合だ。ある程度格好がつく経緯を公にする必要が王家にはあった。さらには、王家の者が傷つけられ、犯人をそのままにしておくわけにはいかない。王家の威信にかかわる問題である。

 罪状が読み上げられる。被告の保護者でもあるドルイドの長老が、実はだれよりも詳しく事件を把握していながら、裁判長の席でこの事件の顛末を初めて聞くかのように真摯に耳を傾けている。ケルト部族では、裁判を行う権限は王ではなくドルイドにある。

 被告席では娘が不安気な表情で自らの罪状を聞いている。まさか裁判沙汰になるとは思ってもみなかった。あの日、自分を追って長老の部屋に現れた王子が、怪我は自分自身の責任であると明言していたからである。事前に長老からは、どんなに不服であっても、抗弁はせず、反省の姿勢を示すようと言い含められていた。そうすることで、不当に厳しい罰を受けずにすむと、長老は無言で語っていた。

 「…二人が長老家の一室で過ごしていた時に、娘がいきなりこの凶器を使って、」

検察役のドルイドが、小石ほどの小さな塊を聴衆に見えやすいように高く掲げた。

 「…王子は左目を失いました」

 目を怪我したことまでは知られていたが、失明までしているとは思わず、聴衆の間に騒めきが広がる。それが収まるのを待って、裁判長の長老が原告の娘に問いかけた。

 「今説明されたお前の罪状に何か反論はあるか」

 王子がいきなり襲ってきたこと、頬を激しく叩かれ気を失ったことなどには触れられておらず、一方的に自分の責任とされたことに納得がいかない娘であったが、長老の言いつけ通り、

 「そのとおりです。誠に申し訳ありません」

 普段の彼女を知る者からは想像もつかないか弱い声で答えた。被告が罪を認めたことで、裁判はいきなりクライマックスを迎える。

 「今回の裁定を言い渡す」

 事前に判決の内容を聞いている王家の関係者は、みな落ち着いた様子である。一方、娘の方は、聴衆同様どんな判決を言い渡されるか分からず、息を止めて長老の口元を見つめる。しかし、どこかで安心していた。自らもドルイドとして裁判の判例を学んでいる。部族ごとで多少の違いはあれ、過剰な正当防衛であれば、せいぜいむち打ちの刑程度である。長老が私に不利な判決を下すはずはなく、あわよくば、この都市からの追放程度で済むかもしれない。

 「王子にはこれといった落ち度がなく、娘が一方的に王子の不意を突いて凶器を使って攻撃し、その左目を奪った。よって、娘の両の目を奪い、この都市から永久に追放とする」

 「おお」

 聴衆の感覚としても予想より厳しい罪であった。その驚きに加え、美しい娘が刑罰で目を失うことへの憐れみと残酷な期待が聴衆のどよめきを引き起こした。

 被告の娘は驚きの表情で長老を見つめている。その視線を振り払うかのように、

 「刑の執行はこの広場にて明日正午」

 長老は、娘が自分の目でこの世のものを見られる最後の時を告げ、裁判の閉会を宣言した。娘は緊張して踏ん張っていた両足の力が抜け、被告席で膝から崩れ落ちるように座り込んだ。聴衆には、今更自分の罪の重さに打ちひしがれる無知な若い娘に見えた。

 (なぜ)

 娘の頭に最初に浮かんだ言葉である。長老はドルイドの奥義を託す後継者として私に期待してくれており、今回の王子との出来事でも、事情を理解し、同情してくれていた。自ら裁判官を務める長老が、良かれと裁判での受け答えの助言までしてくれたにもかかわらず、判例に反した厳しい判決を下した意図が理解できなかった。聴衆からは絶望で呆けているように見える娘は、長老の考えが分からず混乱していた。

 長老はすでに席を立ち、娘の疑問に答えてくれる人はいない。徐々に落ち着きを取り戻した娘はこれからどうすべきかを考え始めた。娘にはまだ長老への信頼があった。長老が自分にとって悪いようにするはずがない。何か助かる道が仕組まれているはず。考えに集中しようと娘が両手をついて四つん這いの体勢になる。聴衆の目にはただ泣き伏せているよう映り、娘への同情の声と同時に罵倒する野次が発せられた。 

 警備役の兵士二人が、裁判の後片付けを取り仕切っているドルイドの指示を受け、倒れている娘を両脇から立たせた。そのまま広場から娘を退場させようと、聴衆の人垣をかき分ける。娘の顔を間近で一目見ようと、野次馬が押し寄せるが、うなだれた姿勢と前髪で隠され、その表情はほとんど見えなかった。兵士は野次馬たちを捌きながら、もはや受刑者となった娘を長老宅に付属する牢へと連行していった。


 

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