無色透明な私に色をつけて
1話 無色透明になった私
人に振られるとき、味わう衝撃はじわじわと深海に沈んでいくように、時間が経つにつれて痛みを引き連れていくような気がする。かくいう私も、振られて三日経った今この瞬間にも、はち切れそうな胸の痛みを抱えながら、性懲りもなく彼の横顔や寝顔を思い出しては空を見上げているのだから。
二十二歳の十一月、冬も近づこうとしているそんな時に、私は一年ほど付き合っていた彼から、電話で別れを告げられた。
「何で」
「もう、お互い離れていってると思うんだよ。距離も、気持ちも」
その一言で、私は何も言えなくなってしまった。何も、言えることなどなかったから。
六月ごろに私も彼も、お互い第一志望の企業に内定をもらった。私は東京の小さくも地元に根付いた中小企業の事務。そして彼は、全国に支社を構える大手の部品メーカーだった。お互いに内定を報告し合ったのは七月の暮れごろで、もうお互いに内定承諾書や大学への報告手続きを済ませて落ち着いた頃だった。
いつからだろう、なんて想像するまでもなく、私たちの距離の離れ方は平凡なものだった。学生から社会に出る大きな分岐点で、その時の学生なんて、自分の今とその先についてしか焦点が定まっていない。私も彼も漠然とぼやけていた将来というものをとらえることに必死になっていて、周りの風景なんてものには目もくれなかった。だから気づけば彼と私は、会っても何を話せばいいのか、どう振舞えばいいのか、すっかり忘れてしまっていたんだ。
「お互い、頑張ろ。じゃあね」
枯れたような声で彼は電話を切った。それが、私と彼の、終わり方だった。
何かを得るときには、何かを失わなければならない。食べ物を得るためにお金を失う。経験を得るために時間を失う。一年前に、私は友人関係を失い恋人関係を得た。そして一年を通して、私は就職先を得て彼を失ったのだ。
そして私は、色を失った。
情熱的に燃え上がる赤色、冷静に落ち着いた青色、穏やかに包み込むような緑色……。世の中には様々な色がある。そして、そんな様々な色と同じように、世の中はたくさんの恋愛に満ちている。彼は初恋ではないし、初めての彼氏というわけでもない。だから私は今までの私の経験や感情で彼と付き合っていたはずだ。なのに……私はその色を、私の生み出した恋愛の形を、もはや思い出せないでいた。
もう、まっさらなキャンバスですらない。白ですらない私は、様々な色を塗り固められた末に壊れ、姿もない無色透明へとなり果てた。
私は、もはや恋とか愛とかが、わからなくなっていた。
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