賢いジョン

 ある日の休日、男のもとに販売人がやってきた。男がドアを開けると、その販売人は笑顔を見せて、ゆっくりとお辞儀をした。

「今日は見てもらいたいものがありまして」

 販売人はそう言うと、そっと背後からリードにつながれた一匹の子犬を出した。

「この犬が……ですか」

「ええ、そうですとも」

 販売人の言葉に合わせるように、足元の子犬がワンと鳴いた。何の変哲もない、その辺にいそうな飼い犬みたいで、男は不思議に思った。

「ペット販売ですか」

「ええ、まあそんなところですかね」

「いや、でもうちはいらないかな」

「いやいや、その辺のペットと思ってもらっちゃ困りますよ」

 販売員はそう自慢げな顔を見せた。

「この子犬、名前はジョンと言います。この犬、とんだ名犬でしてね。何でもやってしまえるんです」

「何でも……と言いますと」

 男は首を傾げながら問いかける。その言葉に、販売員は待ってましたとばかりに笑顔を見せた。

「例えばですね、今から僕が指をはじくと、あなたの家から大事なものを取ってきますよ」

「ちょっと、それは何でも……」

 男の言葉に聞く耳も持たず、販売員は指をはじいた。するとジョンは男の足元をするりと抜けて颯爽と駆けていった。一分も待たぬうちに、ジョンは帰ってきた。

「これがあなたの大事なものですか……?」

 販売員がジョンの口元から取り上げたものは、小さいノートだった。男は驚いた顔をしてそれを取り上げる。

「どうしてこれをこの犬は取ってきたんだ……」

「ジョンはですね、その家の雰囲気とか、人の態度とかを見抜くことができるんですよ。だからあなたの大切なものが、このノートだとわかったわけです」

「なるほど、信じられない」

 販売員は待ってましたと言わんばかりの顔で、男を見た。

「ジョン、賢いんですよ。忘れ物見つけも、あなたの日常のサポートとか、果ては石油や金塊の掘り起こしだってしてみせましょう。いかがですか」

「こんな賢い犬、良く売るもんだな」

「これが仕事ですのでね、いかがいたしましょう」

男は販売員の顔をじっと見つめた。

「よし。買おうじゃないか」



 男は名犬ジョンを販売員から買い取った。決して安くはなかったが、男にとっては格好の買い物であった。

「このノートを真っ先に取ってきたんだ。きっと役に立つに違いない」

 男はノートを広げる。すると中には男の練りに練った強盗の計画が書かれていた。男は、一流の強盗犯だったのだ。

「この犬を使えば、今度の強盗は大成功だ。丁度広い家で人手を探してたところに、良い巡り合わせだった」

 ジョンは男に向かってワンと鳴いた。男はジョンの頭をゆっくり撫でて、計画の成功を願った。

 次の日の晩、男は強盗の計画を開始させた。黒い姿に身を包んで、誰にも見つからないように目的の家に向かった。いつもであれば一人で黙々としているが、今回は一匹の犬も一緒だった。

 販売員の言っていたことは正しかった。夜中の道なのに吼えもせず、足並みもそろえ、何も疑わずについてきている。主人に忠実な賢い犬、というのは本当らしい。

 家について、男は慎重に鍵を開けた。家の主は仕事で家を出ているため、家には誰もいなかった。

 男は玄関に立つと、辺りを物色するでもなく、手さぐりで金品を探るわけでもなく、ただ指をはじいた。

 男がジョンを買った狙いは、宝を見つけてもらうためだったのだ。

 するとジョンは、一気に家を駆けまわった。男がそれを追いかけると、リビングから宝石という宝石、通帳、いろいろなものをくわえては、男の持つバッグに詰め込んだ。

「これはすごい、みるみるうちに仕事が終わっていくじゃないか」

 ジョンはそこら中を駆け回った後、その場にお座りをした。どうやら、全てを取りつくしたようだ。

「よし、よくやった。さて、帰るとするか」

 そう言い男が家を出ると、ジョンは男の持つバッグに噛みつき、そのまま駆けていった。男がいくら声をかけても、名前を呼んでも、ジョンは止まらず走っていき、とうとう姿は見えなくなった。

「おいおい、これじゃあいくら楽できたって意味ないじゃないか。帰ってこいジョン」



 ジョンは黒いバッグを加え、ひっそりとした古民家に入っていった。外装とは打って変わって、中には金銀に溢れかえっており、きらびやかな雰囲気に包まれている。そしてその真ん中の椅子に座っている販売員のもとに、ジョンは駆け寄った。

「よし、偉いぞジョン。今回は随分とすごい量だな」

 ジョンの加えたバッグの中には、男が狙っていた家の物がたくさん詰まっていた。

「指を鳴らせば、大切なものをすべて集めて、最後には必ず僕のものに帰ってくる。あの強盗なら絶対に犯行に使うと思っていた。ジョンは本当にいい子だ」

 販売員はジョンの頭を撫で、次にジョンを売りつける人物を探した。

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コンナセカイ【オリジナルショートショート集】 七氏野(nanashino) @writernanasi

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