変なの

 ある天気の良い日に、ハナコは父と外へ出た。

「どこへ行くの」

「学校だよ」

 学校というその響きに、ハナコは少し喜んだ。ハナコは今まで学校という場所に行ったことがなかったのだ。

 父と共に学校へ向かう道すがらの住宅地、ハナコは妙な人を見かけた。

「んー、お父さんあれなにかな」

 ハナコが指をさした先には、二人の男の子がいた。兄弟であろうか、顔つきの似た二人だった。しかしなぜか、一人が先に家を飛び出し走り出し、もう一人は家の自転車置き場の前でじっと待っていた。

「おや、あれはAくんとBくんだね。彼らがどうした」

「何で一緒に家出ないんだろう」

 ハナコは不思議で仕方がなかった。自転車置き場で待つ男の子は、時計を気にしてせわしない。

「ああ、BくんはAくんが家を出てから五分後に自転車で追いかけなくちゃいけないんだよ」

「何でそんなことするの」

 ハナコは父に問いかける。父はにっこりと答えた。

「それが、お仕事なんだよ」

 納得いかないハナコを置いて、父はゆっくりと歩き出した。ハナコは、変なの、と思いつつ、父の後をついて行った。

 しばらく歩いていくと、今度はスーツを着こなした爽やかな男性がこちらに向かってきた。

「お久しぶりです。先日はありがとうございました」

「いやいや、これから面接かい」

「はい、今度は金融会社に」

「そうかい、がんばって」

 男性は父にお辞儀をすると、そそくさと歩いて行った。

「あの人はお父さんの知り合いなの」

「ああ、昨日お父さんの会社に面接に来てくれた太郎くんさ、とても好印象だったんだよ」

 嬉しそうに父は話した。お父さんと一緒に働いてるの、とハナコが聞くと、父はそうだねと話した。

「じゃあ、何でまた面接しているの」

 ハナコの問いかけに、父はまた頬を緩めた。

「それが、お仕事なんだよ」

 ハナコはまた、変なの、と思ったが、やはり父はそんなことは気にせず歩き始めていった。

「みんな変わったお仕事をしてるんだね」

 ハナコは呟くように言ったが、その言葉に父は首を傾げた。

「そうかな。社会ではこれが普通なんだよ」

 社会をよく知らないハナコは、そうなのかな、と思いながらも、やはり腑に落ちない表情で父の後をついて行った。

 学校に着くと、校内には登校中の生徒たちが何人かいた。父は校門に着くとハナコに言った。

「僕はこれからあそこの生徒に話しかけてくるから、ここからは別々に行動だ」

 父の言葉に理解が追い付かないハナコは、聞き返した。

「何で急にお父さんが話しかけに行くの」

「僕は彼に英語で挨拶をして、自己紹介をしなくちゃいけないんだ」

 父はどこから出したものかわからない金髪のカツラ着け始めた。

「何でそんなことするの」

 ハナコの問いに、父は答えた。

「それが、僕のお仕事なんだよ」

 ハナコはその言葉を聞いて、やっぱり腑に落ちない様子で首を傾げた。そんな彼女を置いて、そのまま歩いて行った。その背中を見つめる中、去り際の父のセリフをハナコは噛みしめていた。

『ハナコは、トイレに行っておいで』

 ハナコは、やっぱり変なの、と思いながらトイレへと向かっていった。

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