ルートA

 男は浮気をしていた。三年前から年下の女と、いささか頻繁に会っていた。

 ある日男は妻から電話がきた。

「あなた、今日お話があるの」

 男は長年連れ添ってきたその経験から、妻が怒っているのだろうということは予想がついた。

 穏やかで寛容な彼女が怒ることなんてそれこそ浮気程の裏切りであろうと、男は自分の状況が客観的に分析できた。

「それにしても困った。この状況をどう打開すべきか」

 思い悩む男は、ふと古びた家電店を見つけた。なんの気なく男がその店に入ってみると、一際目立つところにある商品があった。

 その商品は、「ルート指示器」というものだった。

 裏の説明書きを見てみる。どうやらこの機会はピンチの時や悩ましい事態でスイッチを押すと、コンピューターが最適な行動とやってはいけない行動の2つを示してくれるという。最適な行動を取るべきだと思えたならルートAの行動を、それが嫌ならルートBの行動だけは取らない方がいい、とそういう仕様らしい。

「ほうほう、これはえらく便利なものを発見した。これなら心強い」

 男は満足げにルート指示器を購入した。


「あら、遅かったわね」

「すまない、少し寄り道していてね」

 男はそういいながらすぐさま椅子に腰掛けた。そして机で隠すようにして、ルート指示器を膝上に置いた。

「で、話って何かな」

「そう、昨日のあなたのシャツにこんなものがついていたのよ」

 妻はそういいながらシャツを目の前に突きつける。シャツにはべっとりと口紅の痕があった。

「これは…」

 男は動揺しながらも、その様子を隠しながらルート指示器のボタンを押した。

 するとBには「謝る」そしてAには「思い切り笑う」とあった。

 なんだこれは、と男は思ったが、追い詰められやけになっていた男はその通りに笑い出した。

「どうしたの、いきなり」

 妻は不思議そうに男を見つめた。男は俯いてまたルート指示器のボタンを押した。すると今度はBに「誤解なんだ」Aに「忘年会で女装させられたんだ」とあった。男はなるほどと思った。

「あの日社の忘年会で女装させられたんだ。部下と一緒に。その時酔ってて足がふらついて何度か倒れ込んだんだ。その時に部下の化粧が付いてしまったんだろう」

「ええ、ほんとに?」

「ほんとさ。部下に聞いてくれてもいい。こんなこと恥ずかしくてほんとは言いたくなかったのだがな」

 妻は話を聞くとほっとして肩を撫で下ろした。その様子を見て、男も安心しきった。ルート指示器のおかげだと、すっかり安堵する。

「よかったわ、女の口紅の痕なんかじゃなくて」

「当たり前じゃないか」

「そうよね。こんな簡単に証拠見つかってしまったら、今までのお金が水の泡ですもの」

 妻はそういうと、おもむろに大量の資料のようなものを机に置いた。そこには見事なまでにプロによって調べられた浮気の証拠がずらりと並べられていた。

「そろそろ潮時でしょうお互い。離婚しましょう。慰謝料の話はまた明日じっくり話しましょう」

 男は慌てふためき汗をだらりと流しながら、すがるようにルート指示器のボタンを押した。ルート指示器には、ABともに「離婚する」と出ていた。さすがのこの機械も、この状況はピンチですらないと判断したようだ。

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