本人代行サービス
A社は、その国で一番大成している会社だった。
その分、そこの社長は、会社でやることがなくて、暇を持て余していた。
「私がいなくても、会社は機能するのではないか」
そう思った社長は一気に一か月の休暇を取ろうとしたが、社員たちはそれを聞くとすぐさま反対した。
「社長がいなくては、許可や印が受け取れなく、社が機能しません」
社長は酷く落ち込んだ。許可や印なら他のものだってできる。自分にしかできない仕事がない会社に居続けなければならないことに、苦痛を感じていたのだ。
ある日、社長は奥さんとの大事な約束でどうしても次の日を休まなくてはならなくなった。
「だめです。その日は大事な役員会議。社長がいなくては困ります」
しかし、秘書並びに他の幹部たちも、社長の休暇を許してはくれなかった。
「このままでは、明日の約束が守れなくなってしまう。それはまずい」
社長はその日の夜、必死になって対策を考えた。奥さんに正直に言う、会社をこっそり抜け出して、だがどれも対策とはなりえないものばかりだった。
そして、ふと気分を紛らわすために雑誌を眺めていると、社長はある広告を発見した。
「本人代行サービス……」
あるページの隅にあった広告だった。それによると、どんな人でも、どんな状況でも、丸々一日、その本人に成り代わって生活をしてくれる、というものだった。
社長はいささか疑問に思いつつも、そこに記されていた電話番号に電話をかけてみた。
「お電話ありがとうございます」
受話器からは、高い女性の声が聞こえた。
「あの、本人代行サービスというのは、本当に大丈夫なのか」
社長は疑うように聞いた。実際、社長はそのサービスを受けてみたいと思いつつも、疑心を抱いてもいた。
「ご安心ください。見た目もそっくりのスタッフが成り代わり、あなたとそっくりそのままで生活いたします」
そうなのか、と言いつつも、社長はまだ疑いをぬぐい切れてはいなかった。
しかし、これに頼るしか社長に道はなかった。
社長はそのままそのサービスを受けることを了承した。
次の日、朝早くからインターホンが鳴り出した。
「はい、何でしょうこんな朝から」
そう言いながら玄関を開けてみると、そこにはスーツの青年が立っていた。
「本人代行サービスの者です。今回の依頼に置きましての、諸々の準備をしたく参りました」
青年はそう言うと、上がってもいいですか、と聞いてきた。
社長はそのまま言う通りに青年を上がらせた。
青年は社長の家から、社長が会社に着ていくスーツ、会社で使う所持品、その他多くを拝借していった。どうやら疑われず過ごすために本人のものが必要らしい。そしてそのまま簡単なアンケートに答えた。そしてそれが終わると、青年は出ていった。
「何だったんだ一体」
社長はそんな風に感じながら、若干の不安を感じつつ、その日を過ごした。
次の日、社長は会社に行った。
内心では、何か疑いをもたれてはいないか、ばれてはいないか、または彼らが本当に自分の代わりをしてくれたのか、などいろんな不安を抱えていた。
社長はその不安を抱いたまま、一息つこうと入り口の自販機でコーヒーを買った。
「あれ、社長、今日は紅茶じゃないんですね」
ある社員が、その様子を見てそう声をかけた。
「私はコーヒーしか飲まんぞ……」
社長はますます不安に思いながら、会社に入っていった。
だが、その不安は一切必要なかったことに社長は気づかされた。
「社長、昨日は無理して来ていただいてすみません」
「社長、昨日の会議の話の方向で、お願いします」
社員たちは口々に、社長が昨日来ていたことなんて当然のごとく話を進めていたのだ。
その安心感に浸りながら社長室の机に行くと、一つの封筒が置いてあった。
「何だこれは」
中を開くと、昨日どんな行動をとり、会社では何をしていたのかという事細かな報告書が置いてあった。そしてそれと共に、また何かございましたらお気軽にお電話ください、と大きく書かれている本人代行サービスのチラシがあった。
「何と、素晴らしいサービスだ」
社長はそう大喜びして、その資料を読み漁った。
社長は、その日を終えると、少し落ち込みながら溜息を吐いていた。
「私の代わりが成り立っていたのなら、やはり私が会社に行く意味は一体あるのだろうか」
社長はそんな風に思っていたのだ。
一度はそのサービスに大喜びした社長だったが、そのサービスにより一層自分が会社に行く意味が分からなくなってしまったのだ。
「いや、待てよ……ならいっそのことあのサービスを使えばいいじゃないか」
この事実を裏返せば、社長の仕事など全て他の者に任せて、自分は悠々自適に暮らす、そんなことだって可能なのではないか。そう社長は考えたのだ。
社長はそのまま今朝のチラシを取り出し、携帯に番号を打ち込んだ。
「また、あのサービスを受けたい」
社長はそのまま、何日、何カ月とそのサービスを使い続け、一日も会社に行くことはなく、気ままに暮らしていった。
ニュースや新聞を見ても、相変わらず会社はうなぎのぼりに業績は上がっていて、そのことが社長をより一層安心させた。
しかし、社長ももとは会社人間。やがて仕事をしない日々に飽きてきてしまい、丁度一年を境に、本人代行サービスを取りやめた。
「さて、久しぶりの会社だな」
社長はウキウキしながら会社に入った。
社の面々は社長が一年もいなかったことなど嘘のように普通に接してくれていた。社長は安心しながら久しぶりの仕事にとりかかった。
しかし、一時間ほどしてから、社員たちがひそひそ話をしながら社長を見始めた。
そして、ある社員が、社長に近づいてきた。
「あなた、社長じゃないな。偽物だろう」
彼の言葉に社長は大層驚いた。
「いやまて、私は私だ。何故そんな風に思う」
社長の言葉に、社員は睨みつけながら答えた。
「顔や服装は良く似せているがな、仕草や行動が社長とは違いすぎる。社長はそんな風にコーヒーなんて飲まない。いつも紅茶を飲んでいた。それにいつも考え込んだ顔をして、真剣に仕事しているぞ。そんな暢気な笑顔を垂らしながら仕事をする人ではない。他にもいろいろあるが、とにかくお前は社長ではない」
彼の言葉にほかの社員たちも同調する。
捨て犬のような表情を浮かべる社長だったが、そんな事お構いなしに、腕っぷしのある社員数人に引っ張られ、社長は会社を追い出された。
「何てことだ……」
社長は頭を抱えて道端に倒れ込むが、既に手遅れの状態だった。
長い間代行サービスのスタッフに社長という存在を任せていたせいで、彼の存在は既に乗っ取られていたのだ。
彼ではない、偽物に……。
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