楽しい剤
その国では、学校や、仕事など、本来苦しく感じるような場面でも、楽しみや喜びを与えるように工夫をしていた。
しかし、物理的な工夫では、効果は現れなかった。人々は、やはり苦しいことは苦しいと、喜びや楽しみを感じなかったのだ。
さらに、このことで、学校や会社に喜びや楽しみを押し付けられているように感じた人々には、むしろ逆効果となっていた。
「このままではまずい」
その国の政治家の一人は、ひどくそのことを重く受け止めていた。このまま学校や社会に悪い印象しかないままでは、社会が崩壊しかねないと考えたのだ。
「よし、では楽しいを作ればいいのだ」
政治家は、優秀な科学者に依頼して、ある薬を開発してもらった。
その薬は、飲むだけで楽しみを感じられるようになる、楽しい剤だった。その薬は国の公認のものとして、人々に配られていった。
それからの世の中は、大変有意義に回っていった。人々が苦しい時は、そっと楽しい剤を飲む。それだけで、人々は何事にでも楽しみや喜びを見いだせた。
「今日はめんどくさい会議の日だ」
「学校の体育祭か、運動苦手なんだよな」
人々は、組織での嫌な出来事があるたびに、楽しい剤を飲んだ。そうすることで、人々は嫌なことにでも楽しく取り組めることが出来た。
「この薬はすごい、楽しみを増幅することもできるのだ」
ある有名なコメンテーターが、楽しい剤にそんな評価を下した。彼の言葉曰く、楽しい出来事の場合に飲めば、その楽しみを二倍三倍にも膨れ上がらせてくれるのだという。
人々にその効果は広く伝わり、衝撃を与えた。
楽しい出来事の前に楽しい剤を飲めば、本当に人々の楽しみを増幅させてくれたのだ。
「今日はデートの日だ」
「楽しみだったコンサートの日か」
人々は、楽しい出来事のたびにも、楽しい剤を飲んだ。
そのため、楽しい剤は人々が大変高い頻度で服用する薬となり、国は急いで薬の増産体制を施した。
さらに、その薬を開発させた政治家は、その功績をたたえられ、その国の王となった。
「これで私の未来は安泰だ」
王は、そのように喜びを感じながら、そっと楽しい剤を飲み込んだ。
だが、楽しい剤の蔓延した社会にも、不具合が起こっていた。
楽しみだけを追い求めていった結果として、人々はどんな時にでも嬉しい表情しかとれないようになっていたのだ。
それが仮に、普通の場面だけならよかった。しかし、ハプニングや悲しい場面、重く受け止めなきゃいけない出来事に遭遇してしまった時にも、いくつかの人々はそこから脱するために、楽しい剤を飲んでしまったのだ。
「こんなんじゃあ、その場にあった対応が出来なくなってしまう」
そんな意見も出てきて、人々は段々とその薬に疑心を持ち始めた。
「そうか、このままではまずいな」
王は、そのことを耳にし、深く悩んだ。そして、ある結論を下した。
「科学者を連れて来い。今度は苦しい剤を作らせろ」
時が経ち、ある日王が病気の末死んだ。
薬による世の中の改革に大きく関わった王の訃報は、国民に衝撃を与えた。
「王が死んでしまったわ」
「王が死んでしまったそうだぞ」
人々はこぞってその話題を出して、悲しんだ。
人々の手には、タブレットケースが握りしめられていた。
その中からは、見事に悲しい剤だけがなくなっていた。
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