川の精

 少年には好きな子がいた。隣の席の女の子だ。

 一緒に下校するような間柄になったところで、少年は勇気を振り絞って学校帰りに、休日に遊園地に行こうと誘った。

 女の子は快く引き受けてくれた。

 遊園地の日、少年は気合を入れてその場に行った。少年はその日、女の子に告白しようと思っていたのだ。

 しかし、結果としてそれは叶わなかった。緊張してしまった少年はそれどころではなかったのだ。

 少年は落胆しながら溜息をつく。

「せっかくのチャンスだったのに。まったく」

 少年はそのまま帰り道に転がっていた石ころを、近くの川に投げ込んだ。

 すると、その川が急に光り出し、そこから何かが飛んできた。勢いよく飛んできたのは、泉の精のような格好をした女性だった。

「痛いな、何してくれるのよ」

 女性は少年にきつく当たる。どうやら女性に石ころが当たってしまったようだ。

「ごめんなさい。いや、でも、女の子に告白できなくて、つい投げちゃっただけなんだ」

 少年が弁解をすると、女性はやけに嬉しそうに言葉を返す。

「なんだそうなの。じゃあ一日巻き戻してあげようか。君が告白できるように」

「え、ほんとに」

「ああ、いいよ。君がその女の子に告白して付き合えるまで、私が一日戻し続けてあげる」

 少年は嬉しそうに女性にお礼を言った。優柔不断な自分でも、次なら告白できるように感じたのだ。

「お姉さんは優しい人だね。ありがとう」

「ええ、いいのよ」

 そう言って女性は少年の頭をぽんと叩いてから、そのまま川に戻っていった。


 気づくと、少年は遊園地に着いた時に戻っていた。

「やった、これでまたやり直せるぞ」

 そう思い少年は、張り切って二回目のデートに挑んだ。

 しかし、告白をという肝心の時に、もう時間がとなって解散になってしまった。 少年が落ち込んだまま帰る。そして川の方を通ると、その川が光り出した。


 気づくと、また遊園地に着いた時に戻っていた。

 少年はそこで思い出した。告白できるまで、と言っていたことに。

「何て良い人なんだ」

 少年は女性に感謝しつつ、三回目のデートに挑んだ。

 が、結果は失敗だった。女の子に告白しようとした時に、女の子に電話がかかってきて、大事な用だと帰ってしまったのだ。

 

 そして四回目、少年は前の反省を踏まえて、今度はそれよりも前の時間に告白した。が、今度はジェットコースターの音にかき消されて、女の子に聞いてもらえていなかった。


 五回目、少年は音にかき消されず、女の子が急に帰るということもない、観覧車の中で告白をしようと思った。告白のスポットとしてもピッタリだ、と少年はそのアイデアを決行した。

 観覧車に乗り、一番上に届こうとするときに、少年は告白した。

「僕と付き合って下さい」

 女の子は俯いてその後、少年に返事をした。

「ごめんなさい。あなたとは友達のままがいいわ」


 玉砕され、見事に落ち込みながら帰る少年だったが、幾分かは晴れやかな気分だった。告白は出来たのだから、あのままよりはマシだ。少年はそう考えた。

 川の近くになると、川は光り出し、あの時の女性がやってきた。

「告白出来たのかい」

「うん、まあ振られちゃったけど」

 少年は笑いながらそう言った。

「お姉さん、ありがとう。あなたのお陰であの子に告白出来たよ」

「そうか、良かったわ」

 女性は笑った。少年はお辞儀をしてその場を去ろうとする。しかし、その肩を女性が掴んできた。

「ちょっと待って、どこ行くの」

「家に帰るよ。もうくたくたで」

 少年は疲れ顔でそう言う。

「何言ってんの。また戻って告白しなよ」

「いや、もういいよ。振られちゃったし」

 少年は笑って言った。しかし、女性は少年から手を離さない。

「それはだめよ。だって私は、告白して付き合えるまで、って言ったじゃない」

 少年は驚きながら声を上げる。女性の言葉は、希望を込めての意味ではなく、そのままの意味だったようだ。

「待ってよ。振られたんだよ」

「そんなの知らないわ。どうにかして頑張りなさいよ」

 そう言って女性は笑った。

「まあ、また困ったら、最初の時みたいに石ころを川に投げ入れればいいじゃない」

 女性は嫌味ったらしくそう言った。

 女性は確かに少年の願いを叶えた優しい人だった。だが、それと共に石をぶつけられたことを根に持っていた、執念深い人でもあったのだ。

「そんな……」

 少年はそのまま地面に膝を落とす。女性が川に戻ると、川がまた光り出した。

 一体、付き合えるまでこの日を繰り返し続けるのか、それとも女性の気が済むまでのことなのか、少年には検討が付かなかった。

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