アプリ

 巷でのSNSの普及率は凄まじいものだった。

 若者たちはもちろんのこと、スマートフォンを持つ中年層、はたまたそれ以上の年代の人々の幾らかにも、その波は広がっていた。

 SNSで人々は喜びを得て、自己表現欲求を満たしていた。そして、それ以上のことはそれには必要とはしていなかった。


ある日、そのアプリはいきなりストアに出てきた。

 それは、自分の撮った画像、動画、または自分の文章、それらを投稿して、そのアプリの使用者に見せていく、というものだった。だがしかし、似たようなアプリは既に市場には存在していた。

 しかし、そのアプリは決定的に違うことがあった。

 投稿したものの拡散率に応じて、投稿者に電子マネーが送られるのだ。

 しかし、そのアプリには広告もなく、どこからお金を工面しているかが不明で、最初は誰も使おうとはしなかった。

 しかし、徐々に既存のアプリに飽きていった者、新しいものへの興味に逆らえなかった者、面白半分の冷やかしで始めた者の反響から、そのアプリは徐々に浸透していき、しばらく経つと、シェア率は一番にまで昇りつめていた。


 そのアプリを使っていると、本当に拡散率で電子マネーが送られてきた。そして利用料なども発生しないために、使用者に損は何一つなかった。

「あのアプリすごくね?」

「もうあれで俺五万稼いだぜ」

 若者たちの間では、そのアプリは小遣い稼ぎのツールになっていた。

 そしてその波は、若者以外のところにも来ていた。

「言いたいこと言って金もらえるなんて、夢みたいだよね」

「俺もうあっち本職にしようかな、軽く五十は月で稼げそうだし」

 社会人たちの中には、そのアプリで生計を立てようとし出す者まで出てきていた。


 そんな中で、アプリのアップグレードと共に、仕様が変わった。

 送られる電子マネーの額が、一桁落ちた。一円になったのだ。

 だが、それでも人々の利用は止まらなく、むしろ加速していったのは、イベントという類のものが追加されたからだ。

 毎週決まったキーワードの動画を投稿すると、それだけで千円分の電子マネーが。更に拡散率の高い投稿者には、より高い額が送られるようなイベントが開かれるようになったのだ。

 アプリ使用者はこぞってそれに参加した。

「今日のイベントなに」

「海の動画だってよ」

 特に若者の間では、中心の話題はそのイベントのことになっていた。


 イベントは日に日に過激なものへと変貌していった。最初は一発ギャグや歌など何てことないキーワードだったが、最近ではもっと猟奇的なものへとなっていた。

 ある日のキーワードは、女子高生だった。

 高校生の使用者は自分たちの動画や、はたまたクラスメイトを撮ったものを載せるぐらいだった。

 しかし、ある中年男性は、電車での痴漢の動画を出していた。あるサラリーマンは、ストーキングして盗撮した動画を出していた。そのようにして、次第に僅かずつ、使用者が犯罪者になっていった。


 次第に、警察も動き出していった。アプリ使用者の犯罪率をきっかけに、アプリの削除に踏み出したのだ。しかし、そのアプリには特殊なプロテクトが施されていて、専門の班でも解除は出来なかった。

 そこで警察は、大々的にアプリを使用しないように呼びかけていった。交番に掲示したり、駅やそこらに張り紙をして注意を促した。しかしそれでかえってアプリの認知度は高まってしまい、皮肉なことに使用者は増えていってしまった。


 そんな状況の中、イベントのキーワードが変更された。

 キーワードは、血だった。

 大半の者は恐怖や気味悪さで、そのイベントへ参加はせず、アプリも消す人もいた。

 しかし、やはり参加する者は出てきた。

「どうせ自殺するんだから」

 人生に絶望しきった女性は、自分のリストカットの様子の動画を投稿した。

「これで広めてやろうぜ」

 ある不良は、いじめっ子を殴って流血させる様子を動画にしていた。

「俺の殺人は芸術だ」

 芸術家気取りの殺人鬼は、犯行の様子を投稿した。

 あっという間に、投稿ホームは血の動画で埋め尽くされていった。

 警察は、遂に強硬手段に出た。アプリを起動しているものは片っ端から捕まえていったのだ。もはや警察の中では、アプリの使用者すなわち犯罪者、その予備軍となっていた。

 そんな中、ある青年は、無差別殺人を行った。人通りの多い街中で、十数人もの人をナイフで切り付けた。青年はその様子を喜々として携帯の画面に収め続けていた。

 警察は騒ぎを聞きつけ、あっという間に多くのパトカーが現場に群がった。

 警察たちには拳銃の発砲許可が下されていた。

「ナイフを下せ」

 大勢の警察の構えた銃にも怯まず、青年は犯行を続けていった。

 青年の叫び声が響く中、警察たちは意を決して拳銃の引き金に指をかけた。

「やべえ、撃たれる」

 青年はそう言い、携帯を警察たちのもとに向けた。

 複数の銃弾が命中して、青年は携帯を握りしめながら死亡した。

 何人もの溜息が溢れる中、警察の中の一人が大きな声を上げた。

「何をやっている」

 彼が恫喝した先には、銃を捨て携帯を握りしめた仲間の姿があった。


 その日をもって、血というキーワードは終了した。

 一番の拡散率を出した投稿動画は、大量殺人をした青年が発砲され殺される姿を映した、動画だった。

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