桜が嫌い
@Takuetsu_Ayabe
桜が嫌い
桜が咲き始めると、高校で一緒だったYちゃんを思い出す。中学は別だったが、お互いに別の学区から進学したという共通点があり、すぐに仲良くなった。勉強は少し苦手だったけど、スポーツができて、別け隔てなく人付き合いをする明るい子だった。
彼女は、桜を嫌っていた。なるべく桜の咲いていない道を歩きたがったし、やむを得ず近くを通るときは、俯き、無言を貫いていた。どうしてなのかと尋ねても初めは「なんとなく」と濁されたが、それなりに仲の深まったいつかの夕方、帰りの電車を待つホームで、その理由を改めて尋ねたことがあった。彼女は少し悩んだ末、話し始めた。
「小さい頃、まだ蕾しかついてない桜の枝を折って家に持って帰ったことがあったんだ。今はそれ法律的にダメだってわかってるけど、小さかったし、親もそのへん無頓着で。それで私、自分の部屋に枝を飾ってたの。そう、花瓶に入れて。毎日水を変えて、蕾が開いていくのを見守ってた。
それは楽しかったんだけど、しばらくしてから、夜中に、耳の奥をゴソゴソくすぐるような音が聞こえ始めたの。最初は気のせいだと思ってたんだけど、一人で寝てるしんとした部屋の中で、ボリュームは小さいんだけど、確実にそれが聞こえるの。毎日。
さすがにおかしいと思ってお母さんに言ったんだけど、夢なんじゃないって一蹴されて、でもたしかにそんな音を出すようなモノは置いてなかったし、別にうるさくて眠れないってほどでもないから、私も気にしないようにしてたのね。
で、ある日、テレビのチャンネルを回してたら、外国の映画をやってたの。その内容は覚えてないんだけど、字幕が日本語で、音声は外国語……たぶん英語だったのね。それ聞いて、はっとしたの。毎晩聞こえる音に似てるって。何を言ってるかわからないけど、抑揚とかリズムがあって、それがそっくりだった。それで、あれは何かが喋ってる声なんだって気づいたの。
じゃあ何が? って考えて、すぐにわかった。あの桜だなって。思い返してみると、夜中の声は、あれが咲いてから聞こえるようになったんだよね。枝を捨てたら声も止んだから、間違いないと思う。
何を喋ってたのかは結局わからないけど、いい感じはしなかった。なんていうか、教室の隅で陰口言われてるみたいな感じ。
それが、私が桜を避ける理由。あなたも気をつけたほうがいいよ。あいつら、不吉なことをぼそぼそ話してる。たぶん人間のこと嫌いなんだよ。よく見ると、花のところが目に見えるでしょ? 私たちのこと観察して、良くないことを話してるんだよ。ずっと」
私がどうリアクションしたものか考えあぐねていると、ホームに電車が滑り込んできて、その話は有耶無耶になった。
彼女との付き合いはその後も続いたが、高校卒業後、彼女は地元に残り、私は都内の大学に進んだ。それ以来、連絡は取っていない。
桜が嫌い @Takuetsu_Ayabe
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。桜が嫌いの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます