冷月星
@kyu_310
第1話
冷月星
「あのさ」
「ん?」
「明日、引っ越すんだ」
「え、急だな、ほんとに?」
「嘘だけど」
「あ、へぇ」
「うん」
学校の帰り道、彼女が急に言い出した。変な嘘を。いつもの駄菓子屋のベンチに腰をかけ、当たり付きアイスを食べていた最中だった。
「今日もあちいな」
「あつい、汗かいて気持ち悪い」
夏は嫌いじゃないのだが、この暑さだけはどうにかして欲しかった。ヘナヘナの体にアイスは、いいカンフル剤だ。
「このアイス、当たったことある?」
「ううん、1度も。あるの?」
「あるよ」
「へぇ、すげえじゃん。星すら出たことないよ。」
このアイスの仕様は少し変わっていて、月は1本、星は2本の棒を集めると当たりになる。
「じゃあ、これから当たるよ。こんだけ食べてるもん。」
「それはどうだか」
「確率ってね、収束するんだよ。」
「んー、でもさ、どっちにしろいっぱい食べなきゃ当たらないって、運良い方ではないよな」
「うん、たしかに」
彼女がほんの少し笑う、僕もつられて少し笑う。
なんとなくカバンに手を触れると、日差しに照らされて、すごく熱かった。
アイスを無言で食べ進める。この時間は結構悪くない。いや、好きかもしれない。
「あ、」
「ん?」
「見て」
言われた通りに彼女の方をむくと、そこには黄土色をした、まん丸があった。
「え、お前それ、月」
「私は運いいから」
「収束するぞ、いつか」
「どうだろうねぇ」
「あなたが言ったんでしょうが」
「うん、私も収束して欲しいよ、実はね」
「へ?」
彼女が言っている意味がイマイチ理解出来ず、数秒固まった。
「変えてもらってくる」
「あぁ、うん」
歩いていく彼女を尻目に、少しの期待と共に、残った自分のアイスを食べた。
「どうだった?」
「いや、なんか今、これが一番出て欲しくなかったかも」
「ん?どゆこと」
星が出たのだ
「あーあ、なるほどねぇ」
「中吉だ、こりゃ」
また少し彼女は笑う。僕はそっぽを向く。
「じゃあ、これあげるよ」
「え、いいの?」
彼女は交換したアイスを、僕のカバンの上に置く。
「バカ!溶けるだろ、でも、貰っとくわ。ありがと」
「あはは、うん」
急いでカバンの上からどかした。彼女は笑っている。今日はなんだかよく笑う気がするな。
「今食べないの?」
「あぁ、持って帰って食べようかなって、腹冷えるし」
「そっか」
蝉の声が、よく聞こえる。
僕はなんの気なくカバンの外ポケットに、左手に持っていた星を詰める。
「じゃあ、帰るね」
「うん、分かった」
彼女の後ろ姿を見ずに、僕も家路に着いた。右手に感じる冷たさを、大事に守るように。
次の日、教室に彼女の姿はなかった。まあ、なんとなく分かってたけど。机に頬杖をついて、今にも動き出しそうな体に、釘を打つ。無理やり。
その日の授業は、全く眠くならなかった。普段は耳から抜けていく先生の話が、頭にこびりついて離れない。
「ただいま」
時計を見ると、いつもより15分ほど早く家に着いていた。
「そんな経ってたんだ」
電気も付けず、僕の体は一直線に冷凍庫へ向かう。カバンを置き、誰もいないリビングで、包装紙を丁寧に剥がし、ゆっくりとアイスを食べた。一口ずつ、小さく。
最後の大きいひとくちを終えて、目を下に落とす。
そこには、昨日見たばっかりの黄土色のまん丸があった。
「全然収束なんてしてないよ、これじゃ」
あのとき彼女が言ったことの意味が、なんとなく分かった気がした。多分思い上がりだけど。
僕は冷たくなった体を持ち上げ、靴を履いて、外に出た。
熱くなったカバンに、1本の星を残して。
冷月星 @kyu_310
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