帰り道はひとり深夜

夏緒

帰り道はひとり深夜

 ただいま夜中の3時でーす。

 真夜中ですよ。ド真夜中です。もはやもうすぐ明け方です。

 ただいまお仕事終わりでおうちに向かって歩いてまーす。今日はちょっと呑みすぎました。あしいっっったあーい。ヒール脱ぎたい。

 道路にはだーれもいませーん。あ、タクシーが通りました。あれに乗ってるのもあたしと同じ、お仕事終わりのお姉さんでしょうか。いいですね〜タクシー。あたし歩いてるんですけど。いや家が近いからさ、タクシーなんて必要ないんだけどさ。

 お仕事中はどれだけ呑んでもなにを呑んでもほとんど酔いません。これでも一応お仕事だっていう自覚はありますからね〜。場末のスナックだからさ、女の子あたししかいないし、あたしが役に立たなくなったらマスターひとりで可哀想じゃないですか。その代わり、店出てこうして歩いてると、そのぶんの酔いがまとめて一気にやってくるんですね〜。ふわっふわする〜。いいきもち。初夏の夜風があったかくなった頬と丸出しの脚に当たってきもちいいです。髪の毛の隙間にも潜り込んでくれるので、首周りもいいきもち。

 あの最後の団体客があと1時間ちょっと早く帰ってくれてたら、あたしは今日もいつもの焼き鳥屋さんに行って焼き鳥つまんで帰れたんですよう。カタコトのママに「今日もよくガンバッタネ〜!」って全力の笑顔で褒めてもらって、お腹にお酒以外のものを入れて元気チャージして帰ることができたはずなのに、あの焼き鳥屋さんはラストオーダーが2時だから今日は間に合いませんでした。おかげで空腹です。いや、水っ腹ですけどね。


「ああ〜……だる……」


 あたしはなーんで坂の上のおうちなんて選んでしまったんでしょう。家賃が安かったんです。仕方ないですよね。

 だーれもいない坂道を、ひとりとぼとぼ歩きます。とぼとぼというより今日はどちらかといえば千鳥足ですけど、いいんですとぼとぼで。とぼとぼのつもりなんですあたし。


 あたしこの坂道好きなんですよ。ちょっと急勾配ですけど、真ん中らへんまで登ってふっと左を見ると、すぐ下にさっきまであたしが働いていた寂れた駅前が見えます。田舎ですからね、いつまでもきらびやかってわけにはいかなくて、ほんの少しの街灯の明かりだけがぽつぽつ見下ろせるんです。別にきれいじゃないですよ。真夜中だし。でも、だからすき。わかります?

 朝焼けよりも、昼日中よりも夕焼けよりも、この深夜に見るきれいじゃない景色がすき。

 だってあたしがさっきまできれいだったでしょ。


 あーあ、早く帰ってお猫さまに癒やされたいです。あ、お猫さまはあたしが飼ってるねこちゃんの名前です。お猫さま可愛いんですよ〜。今度写真見せてあげますね。

 つまめる物、なにか冷蔵庫に入ってたかなあ。お風呂にはいって昼まで寝たいでーす。ああ〜きもちわるくなってきた……帰ったら吐くかも……。

 明日も夕方になったらお店にいます。そしてまたこうして夜中にとぼとぼ歩きます。急勾配の真ん中まできたらまたきれいじゃない景色を眺めて、鼻で笑って気分よくおうちに帰るのです。

 あーコンビニ寄れば良かったかなー。

 では、玄関が見えてきたので、おやすみなさい。お仕事がんばってくださいね、あたしのために♡

 おやすみっ。




おわりっ

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