第5話 逃避か、それとも逃避か
『
少女がYesのパネルに触れると同時に、待機画面のメモリが1%ずつ増え始め、その事実に指先が冷たくなった。
ついに手が届くという期待感と後ろ暗い不安が、心臓の鼓動に比例し早まっていくのが嫌でも感じられてしまう。
いたたまれない待ち時間にちょっと心臓が耐えられそうにないので、まずは何の気なしに部屋片づけだ。
次にカーテンを閉めて、部屋の電気をつけて、飲み物を用意して……。
そもそも事前準備は入念にしているのだから、やることなんてあっという間に無くなってしまう。
仕方なしにと、ラジオ代わりにネットニュースの読み上げを設定してから、ネット掲示板に対して何度目かのにらめっこを開始することにした。
『──次のニュースです。東京都江東区在住の二七歳の男性が遺体で発見されました。男性は一人暮らしで──』
日本のアングラ掲示板の最下層には、バカみたいな月額料金を取る会員制サイトがある。
中で得た情報は漏らしてはいけないと規約され、時に薬を始めとしたお縄間違いなしの情報すらも飛び交うような場所だ。
そんな無法地帯で頻繁に話題に上がる一本のゲームがあった。
その名も『
インターネット上で配信されているオンライン型対戦ゲームであり、運営側が指定した開催日にのみログインし遊ぶことができる。
一回のゲームにつき100人しかログインできず、ゲームの勝者には賞金が支払われるとかなんとか。
その金額はなんと百万円。
有名ゲームの公式大会で支払われる優勝賞金に肩を並べる立派な額だ。
だというのに……。
「運営が可能な範囲で願いを叶える権利……それにくわえて百万円が、今回だけは一千万円、か」
『──VRゲーム機器
一回百万円の時点でも魅力的だった賞金が、まさかの十倍。
その異常さに参加の事前応募は五千人を優に越え、参加倍率は難関大学の入試レベルにまで膨れ上がっていた。
検索エンジンで調べてもヒットしないというアングラを極めたような知名度のゲームだというのに。
ここ一週間のCentono関連掲示板の盛り上がりは狂気じみていて、集う新参も常連も熱にあてられているのが明らかだ。
「やっぱり、ゲーム内容の書き込みは無い、か」
すでに開催百回目。
多いときは一日に三回のゲームを行っているはずなのに、誰一人としてゲーム内容を書き込まない。
いや、いくら過去の情報を遡っても見当たらないので断念したが、かつて一人だけ本当にごく僅かな情報を落とした書き込みもあったらしい。
「見つからなければ都市伝説……ん?」
テロリン、と気味良い効果音がダウンロードの完了を告げる。
少しだけ震える手で、VRゲーム機
デスクトップに新しく追加されたアイコンをクリックして起動すれば、真っ先に出てくるのは免責事項。
普段は流し読む程度だが今回ばかりは真面目に読み込む事にした。
『Esperoに登録された個人情報は当社が本ゲームを運営する上で使用いたします』
『プレイヤーの脳の働きをモニタリングし、そのデータをゲーム運営のため活用いたします』
『本ゲームのプレイにおいて発生する体調不良、3D酔い、その他不調に関して、当社は一切の責任を負いません』
一般的なVRゲームでも珍しくない文言でも、勘ぐってしまうのは仕方ないだろう。
昨今の不審死とこじつけるような陰謀論は嫌になるほど見てきている。
だとしても、優勝の景品にはそれら不安要素を受け入れて余りある魅力があった。
『同意しますか?』 『Yes』
事前登録番号である27という数字を入力すれば、いよいよ逃げ場は無い。
ヘッドセットに手を伸ばそうとしたその時、携帯端末の画面が不意に光った。
ミュートに設定しているため通知音こそ鳴らないものの、端末の上端に次々と文面が表示されては切り替わっていく。
『ちぇる:名瀬ちゃーん、今日もこないのー? あたしめっちゃこまってるんだけどー! 諭吉ちゃん貸してくれないのー?』
『亮:さっさとこいよ男女。課題進まねえじゃねえか。俺に迷惑かけてそんなに楽しいわけ???』
『JIN:僕たち親友だよな? だからさ、親友の頼み聞けよ名瀬、目ぇ見えてんだろコラ』
『ちぇる:放課後カラオケいこうって、モチお金持ってきてネ』
『JIN:お前が頼りなんだよ、わかるだろ? ほら、何週間も来ないと心配なんだぁ僕はさぁ』
『亮:さっさと来い殺すか? 死にてえか?』
『名瀬ちゃーん?』
『男女おい』
『わかってんだろ名瀬』
『はよ見ろよ』
『屑が』
『さいてー』
端末の電源を切った。
思い切り振り上げて、だけど中途半端な理性が邪魔して投げつけることはできない。
クラス全員参加のグループから逃げることも、個別通知をブロックする勇気もなかった。
だけど見ていろ、未読スルーで誤魔化すだけの矮小さとはもうお別れだ。
深く、大きく深呼吸。
どんなときでも呼吸は大事だ。
怒りに前が見えなくなったときだって、悲しみにむせったときだって、全ては呼吸から立ち直る。
「……絶対に勝つ」
いつの間にか震えは止まっていた。
仰々しいヘッドセットを装着してからベッドへと横たわり、目を閉じる。
荒れ狂う感情の波も、全部全部真っ黒な燃料に変えてしまえ。
たかが対戦ゲームに抱くには過剰とも言える熱量をしまいこみ、優奈は静かにゲーム世界へと潜り込んでいった。
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