第6話 セナ

Centonoツェントーノへようこそ、プレイヤーNo.27」



 目を開くと、ほの暗いコンクリート作りの灰色の部屋だった。

 どこか陰気な空気感、湿気。

 それに肌寒さまでもを感じ、これまでのVRよりも明確に『リアル』を予感させた。

 壁面に埋め込まれた大型モニターの明かりのみが室内を照らしており、声は逆光の中から聞こえてきている。

 そこに佇む緑のスーツの男は、親指で頬を掻いてからこちらへ向き直った。



「ここは……?」


「ああ、楽にして欲しい。君はVRゲーム『Centono』を起動した。そしてログインするときの規約事項にも目を通した。間違いないかな?」



 目の前にいるのがゲーム側に立つ存在だというのはすぐにわかった。

 柄にもなく拳に力が入ってしまう。



「間違いありません」


「よろしい。僕はゲームマスターの一人であるグリーン。君は幸運にも倍率50倍越えの狭き門を通り、100人の参加者の一角に数えられた。これからゲームルールの説明を聞いて貰うが、かまわないね?」



 一つ頷いてみせると、ゲームマスターはモニターが見えるよう立ち位置をずらした。

 表示されていたのは何かの発表会で見るような、無機質な日本語の羅列のみの概要説明。

 真っ先に目に入ったのは、やはり一番上にでかでかと表示された文言だった。



「……異能力100人サバイバル?」


「そう、とてもシンプルなゲームだよ。概要を読み上げさせてもらおう」



 『ルール1』の記述が浮かび上がるように飛び出してくる。

 一昔前の3D表現だ。



「ルール1。最後の一人になるまで殺し合ってもらう。ゲーム内で死亡した場合脱落となる。逆に言えば、基本的に死亡以外は脱落と認められない」


「殺し合い……それでサバイバルゲームですか」


「まあ、ゲーム業界でも流行のルールだよ。わりと昔からあったんだよ? 最後の一人を目指すっていうシューティングゲームは」


「シューティングゲームなんですか?」


「いやいや、そうではないよ。得手不得手や経験差が露骨に出てしまうからね。そこでルール2だ」



 グリーンがディスプレイにタッチして下へスクロール。

 次のルール文が画面から飛び出してくる。



「プレイヤーには好きな能力を一つだけ自己申告し、その選択した異能力……選能イデオを活用して最後の一人を目指す」


「能力を、選択?」


「そうだ。君自身が得たい能力を申告する。面白いだろう?」


「……へぇ」


「基本的にどんな能力でもかまわないのだが、例外がある。それは『複合能力』の禁止だ」



 画面はスライドし、デカデカと表示される『吸血鬼』の三文字。

 その下には少し小さく、四つの効果が記載されている。

 飛行能力、変身能力、仲間を増やす能力、不死の能力。



「例えば、吸血鬼という能力は使用できない。書いてあるとおり、一つの単語で全く別種の能力を四つも内包しているからだ。あくまで能力は一人につき一つだけ。だから、飛びたいのなら飛行能力を、変身したいなら変身能力を選べばいい。いいかな?」


「……なるほど」


(ということは……、『何かを大きくする能力』じゃなくて、『何かのサイズを操作する能力』のように決めたほうがいいんだな。大きくすることしかできなかったり元に戻せなかったりすると不便だし、使い勝手も考えないと)



 能力を付与するのは運営側なのだから、そのへんの汎用性はさじ加減なのかもしれないが。

 とはいえ露骨に別種とされていたものの、変身能力は応用すれば空を飛ぶこともできそうなので、結局はプレイヤーの想像力次第かもしれない。



「質問なのですが」


「ん、なんだろうか。イデオのことかな?」


「例えば、憑依して相手を操る能力、というイデオを申請した場合なんですけど、憑依すると操るって別にカウントされるんですか?」


「ああいや、そのあたりはこちらも寛容に対応するつもりだ。憑依できたけどそれが相手に影響を及ぼさない能力なんて、どう戦えばいいのかわからないだろう? それに一般的な感性なら、憑依された結果として肉体を操作されるという流れを想像するのは自然なものだ」


「ふぅん……」



 グリーンは意味深な笑顔を浮かべながら、自らのこめかみをトントンと叩き始めた。



「もう一つ例を出そうか。未来予知というイデオを選んだとする。けど、未来予知能力には二つのパターンがあると思う」


「パターン、ですか?」


「そうだ。絶対に変えられない未来の予知と、努力次第で変えられる未来の予知。この二つは同じ名前の能力なのに、内容は微妙に異なっているだろう? この場合、プレイヤーが我々にどちらにしたいかを申告できることにしているんだ」


「なるほど。そうですよね、未来を変えられる予知の方がほしかったなんて、後から言われても運営も困るだろうし」


「理解が早くて助かるよ。だから君も、このゲーム中最大の武器の内容はよくよく考えてくれ。詳細が伝わらないと、運営側が想像で内容を決めてしまうからね」



 腕時計を確認するような仕草をしてから、グリーンはモニターの画面を最後のページまで動かす。



「そしてルール3だ。ゲームの開催期間やフィールド情報などが明かされることはない。以上の三つだけ、わかりやすいだろう?」


「そう、ですね。……だけど、少し考えさせて貰っても?」


「もちろんだよ。能力が決まったら声をかけてもらえれば、モニタリングしている他のゲームマスターが最終確認をしてくれるだろう。僕は次の参加者に説明をしてくるので、これで失礼するよ」


「あ、はい。ありがとうございました」



 どこまでも慇懃な緑服の男は、薄く笑って見せてからポリゴンと化して消え去った。

 後に残るのは沈黙と、ディスプレイの光だけ。

 遠慮なくその場に座り込んで、考えを巡らせさせてもらおう。



 参加者は100人。

 それぞれが勝ち残るのに最適だと思った能力を持ってくる。

 サブカルチャー好きならば、人気になる能力というものはそれなりにだが予測が可能だろう。

 この能力選択こそがゲームの最重要で、ここで選択を誤ればあっという間に脱落することは容易に想像できた。



「……まずは、うん、そうなるはず。そこから、派閥ができて……」



 フィールドの情報はなく、何時間の戦いになるかもわからない。

 なんなら日を跨いで、続きはまた明日、なんてことも考えられる。

 戦場が狭い場合と広い場合で輝ける能力が変わってしまうのも問題だ。

 いくら考えても明確な正解は思いつけなかった。



「どんな状況にも対応できる能力なんて、無い、か」



 覚悟は決まった。

 一度屈伸して筋を伸ばしてから、頬を両手で一発叩く。

 痛みと熱がジンと染み入り、胸の内にわだかまっていた不安を麻痺させてくれた。

 最後に一度の深呼吸。



「──能力を決めました」


『おおぉ、決まったかあぁNo.27ァ! イデオ名と能力効果を入力しなぁあ! 問題なけりゃ、すぐに実装してやっからよおおぉぉぉ!』



 どうにも荒っぽい男の声にわずかに顔をしかめつつ、申請。

 おそらく長引くだろうサバイバルをずっと共にする、唯一無二の武器だ。



『──おぉぉぉけぇぇぇオーケー! んじゃこれが最後だぁ! ゲーム内でも番号だと燃えねぇぇよなぁぁ? つーわけで、プレイヤーネームを入力しなぁ!』


「プレイヤーネーム」


『文字数制限はねぇし、うざってぇ文章フィルターもねぇ。なんでも好きに入れちまえ! 入力が終わったら……転送開始だぁ』



 ゲームの中で使う名前にこだわりがあるわけじゃない。

 言ってしまえば本名でさえなければいいのだ。

 そうはわかっていても、覚えやすさの観点から、普段使いする名前は自然と定まっていた。



「なら、いつも通り。僕の名前は『セナ』だ」


『覚悟決まってるなぁ若い坊ちゃ……いや、嬢ちゃんか? まあどっちでもいい! せいぜいあらがえ! 騙せ! 裏切れ! 殺し尽くせ! 99の屍の上にテメェの勝利が待っている!』



 薄暗い部屋の壁が崩れ、光で満ちた。

 プレイヤーNo.27──『セナ』は目を開けていることが出来ずに視界を閉ざす。

 強烈な浮遊感と共に意識が遠のく中、乱暴な声の煽りが最後に響く。



Bonsanconその選択 kun tiu elektoに幸あれ……テメェの生き様、魅せてみろ!』



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