第3話 「なんでもあり」の青天井
「えー、第99回『
「一名、脳がノーシーボ効果を引き起こしそのまま心停止。死んだと考えられます」
「おいおいおいマジかよォ、79回だっけ? 78回? それ以来じゃねえぇの?」
「第76回です。あの時の『相手を死んだと思いこませる』という能力は、ゲームの枠を越えて実在の肉体に影響を及ぼしました。今回の死亡との関連は調査します」
「よろしい、各種メディアへの圧力は赤羽の担当だから任せるとして……。次に、記念すべき第100回目の企画については、纏まったか?」
空瓶を逆さにして垂れる滴を、舌を延ばして舐め取っていた赤羽は、やれやれと肩をすくめて見せる。
「おーおー、今回も盛況だったからなぁぁぁああ? 大盤振る舞いだぜェ!」
酔っぱらいは乱暴にキーボードに指を叩きつけ、球体モニターの表示を切り替えた。
画面内容は一斉に切り替わり、簡素な企画書を映し出す。
「記念すべき100回目だあぁぁ! まずは、スポンサーへの大盤振る舞い! トトカルチョの金額上限の撤廃、つまり青天井ぉぉお! さらに的中させると副賞を贈呈ィ!」
「副賞……相手は各界の金持ち様なんですけど。洗剤を付けるとか言わないですよね?」
「ケチくせえぇぇぇぇんだよその発想! 俺たちコローロが丹精込めて収集した脳科学情報の一部をプレゼェントだ!」
ガタン、と円卓が一瞬揺れた。
どうやら、青城が苛立ち紛れに蹴っ飛ばしたらしい。
「あ? 何言ってるんですか? それ私たちの金の卵なんですけど、何勝手に景品にしようとしてるんですか?」
「るせぇなぁ! 集客ってのはよぉぉ、お客様感謝デーで釣るんだよおぉぉぉお!」
氷点下の視線を向ける青城と、熱で浮ついた目で見下ろす赤羽。
いつまで経ってもここの相性が悪いのは変わらない。
「まあまあ、それならあれだ。収集した中でもそこまで重要ではないデータを選別しよう。それでいいか青城」
「それを選別するのも私の仕事になるんですけど」
「頼むよ。後でどうにか調整するから」
「はぁぁぁぁ……」
わざとらしいため息をつかれても赤羽はどこ吹く風だ。
緑野は苦笑で誤魔化しながら画面をスクロールさせていく。
「そう、次にプレイヤーへの大盤振る舞いだあぁぁぁぜ! こっちはさらにさらに豪華にしてやったァ! まず、優勝賞金は通常の十倍!」
「……一千万円か。確かに奮発したな」
「だろぉ? そうだろぉぉぉ? だがぶっちゃけ金はオマケみたいなもんよぉぉ! メインはこっちの副賞……名付けて! 『運営が可能な限りで願いを一つだけ叶える権利!』」
「!」
緑野の表情が固まり、青城は怪訝そうな顔を露わにした。
二人の懸念は同一のものであり、その問題点を同じ幹部である赤羽が気付いていないわけはない。
「わかっているのか? これを副賞にするということは」
「わあぁぁぁってるよぉ! けどなぁ? 流石に100回もやるとよぉぉ……VIPのお歴々にも飽きが出てくるだろぉお? 記念の回なんだからよぉ、丸ごと熱狂できるようにしねええぇぇぇとなぁあ!」
「問題が多すぎるんですけど。それこそ研究データ全部渡せとか言われたらどうするんですか」
「緑野が言ってたじゃねえぇぇぇかよぉ……問題ねぇデータ探しとけってよぉぉおお!」
「ほんと質悪い酒乱ですね」
犬猿コンビのやり取りの輪から外れ、緑野は親指で頬を掻きながら瞑目していた。
だが赤羽の目算では首を縦に振るはずだという確信がある。
考えるべきは得る利益、被る不利益、そして必要な準備と裏工作。
「……一つルールを追加しよう」
「なぁぁんだぁ? 俺の企画にぃ、ケチつけよぉってのかぁぁぁあ?」
「違う違う、そんな怖い顔しないでくれ。赤羽の案は確かに広報として魅力的だが、対戦内容の絵面が同じだと盛り上がりに欠けるだろ?」
ついさっきまで言い合っていた二人は目を合わせ、再び緑野を見る。
「次回の開催時、『選択能力の上限』を撤廃する。こちらも青天井だ、どんな能力も有りでやろう」
「おおぉぉぉ!?」
「え……マジですか?」
「マジもマジだ。これまで出来なかった大規模のデータ収集や、パターンの分析もやる。ハッカーとプログラマーを三倍増員だ」
「うおぉぉぉお! 緑野ォおめえぇぇ、わかってんなぁぁあああ!」
「……ふ、ふふ。データ、追加データ、新しい脳パターン、ふふふ、ふふふふ」
静かに壊れる青城と、すでに壊れている赤羽。
新たな展望にまとめ役は静かにほくそ笑んだ。
「研究の行き詰まりは感じていたし、いつかやらなければならなかったことだ。記念すべき第100回、盛り上げていくぞ」
「ふふは、はは、すぐ、すぐ資料終わらせます。終わらせて、研究、研究しなきゃ、ひひ」
「ははははははは! 早速広報のお仕事しねぇぇぇとなぁぁ! ネット工作しまくってやんぜ、ヒャハハハハハ!」
議論は加熱し、狂笑が重なる。
欲望と興奮にまみれた高笑いは、結局ウェイターがドアを開けるまで続いていた。
学校からの帰り道に、頃合いの枝を拾って想像したことはないだろうか。
業物を軽々振り回し、流麗な剣閃で獲物を両断する様を。
両手を合わせて気を込め、そっと開けば電撃が迸っていたはずだ。
デパートの立体駐車場から隣のビルを見下ろしては、一足飛びでそこへ舞い降りる己にたぎったことが一度はあるだろう。
真実を見通す眼。
人差し指の先に灯る火。
無限の知識を持つ己……。
そういった妄想の翼が、実現できる時代が到来していた。
フルダイブ型VRゲームの普及速度は目覚ましく、大手ゲームメーカーは脳科学の研究者と手を組み、異能力の疑似体験を全世代にもたらした。
ゲーム好きは老若男女を問わずに熱中し、より高品質な異世界を求める。
だが、そんなVR全盛期だからこそ、表の煌びやかさからは想像もできない真っ黒な欲望が、世の裏側に巣くっていた。
その日、会員制のアングラ系掲示板にひっそりと情報が投下された。見出しはこうだ。
『Centono 第100回記念 開催のお知らせ』
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