第2話 VRゲーム賭博の裏側


「第99回『Centonoツェントーノ』、生き残りが確定しました。生存者はNo.17、イデオは『あらゆる生物に気付かれなくなる能力』。第二位はNo.88、イデオは『指定消滅』。第三位はNo.40、イデオは『かまいたち』となっております。順位表はモニターを確認ください。この場での払い戻しがご希望のお客様はカウンターまでお越しください」



 流れている館内アナウンスは悲喜こもごもの声によってかき消され、ほとんどの客の耳には入っていない。

 薄暗く豪華なサロンはドレスコードを満たした品のいい客で溢れ、部屋の隅で奏でられているジャズソングはプロを招いての生演奏。

 興奮冷めやらぬVIPたちに、ウェイターがドリンクをサービスしていく。

 各テーブルにはホログラムディスプレイが設置され、崖の上から眼下の地獄をのぞき込む少女の姿が立体的に映されていた。



「ああ君、ここにも頼むよ」



 また一つのテーブルから、ウェイターに声がかかった。

 三人組の男性客だ。



「かしこまりました。ノンアルコールもございます」


「もちろんシャンパンを貰おうか」


「畏まりました。おめでとうございます」



 ここの賭けに勝った者は皆がシャンパンを注文する。

 その暗黙の符帳を読みとったウェイターは、祝福と共にグラスをテーブルへと並べた。



「こちらは水でいい」


「僕は……ワインのリストを見せてもらえないかな?」


「こちらになります」



 シャンパンを注文した紳士は延々とタブレットを眺めている。

 高配当が振り込まれたという事実は金持ちだとしても嬉しいし、頬を緩めるのが人間だ。



「いやあ、能力無効化が思ったより居座れなかったな」


「それは確かに、そのせいで誰も17番に気づけなくなってしまいました」


「24番の『全域索敵』、モニターを見た限りではちゃんと崖の上の17番に反応してたように見えたが……」


「写ってはいたのでしょうねぇ、うん。ただ、それをどういった意図で教えるか教えないかは個人の戦略です。とかく今回は勝者の能力選択が良かったんだと思いますよ」


「隕石が17番に直撃していれば良かったんだが、落下速度からして着弾前に消滅させていたからな。つくづく完璧な位置取りだったと言えるだろう」


「……このワインにしようかな。グラスは三つで」


「畏まりました」



 感想戦を続ける客に一礼し、ウェイターはバックヤードへと引っ込んでいく。

 煌びやかなサロンとは打って変わり、金属質で色のない舞台裏では職員たちが慌ただしく駆け回っていた。



「おう! 景気はどうだぁぁああ?」



 料理と酒の匂いで満ちた厨房へ向かう道すがら、ウェイターは廊下向こうから歩いてきた酒臭い男に声をかけられた。

 赤のスーツを着こなし、金色のバッヂを胸元に付けている。

 頭髪まで真っ赤に染めて、ワックスでガチガチに固めたそれはハリネズミのように逆立っていた。

 

 ウェイターはすぐさま一礼をしてみせる。



赤羽あかばねさん。お疲れさまです」


「モニターで見てたぞぉ? 注文取ってた4番テーブルのお客様が今日の最高配当だ。せいぜいチップ弾んでもらえよぉぉお?」


「そりゃもらえたら嬉しいですけど、日本の紳士はあまりチップをくれませんから。なんか露骨に要求するのも嫌がられそうですし、期待しないでおきますよ」


「カカカ! 日本の金持ちは国内だとケチだからなぁ! まあ、今のうちに顔を売っておけ。いっそチップなんかより、そっちのが儲けもんかもしれねぇぇええぞ?」


「はぁ。参考にさせて貰います。赤羽さんはどうしてここに?」



 赤羽と呼ばれた男は、少しばつが悪そうに鼻を鳴らすと、口を尖らせて見せた。



「いや、なぁ? 酒だよ酒ェ! 言わせるな! 分かってんだろぉ!?」


「いや、ははは。すみませんつい」


「たくよぉ。緑野の野郎、良い教育してやがるぜぇぇえ……。とにかく値段はどうでもいい、なるだけ量がある酒をくれ」


「幹部の方に安酒なんて飲ませられませんよ。お客様の後でよろしければ、スナックと一緒にお持ちします。グラスは三つですか?」


「ああ~、三つだなぁぁああ、三つだ。あとは炭酸水も頼むわ、青城用な。モニタリングルームに持ってきてくれ」


「畏まりました」



 笑顔で一礼してから厨房へ入っていくウェイターを見届けて、赤羽は来た道を引き返す。


 ただでさえ薄暗い廊下のさらに奥、両開きの扉を引くと、その中はVIPのサロンほどではないが豪華な内装が輝いていた。

 部屋の中央には円卓が設置され、円卓の中央では球体型ディスプレイが存在感を誇示。

 先ほどのゲームの録画映像やらVIPルームの様子やらをマルチに映し出していた。



「戻ってきたかい赤羽。どうにも手ぶらのようだが」


「るせぇぇええなぁ厨房に言いつけてきたんだよぉ。なんだ、俺が酒持ってねぇとおかしいってかぁぁああ?」


「ははは。いやそんなまさか」


「顔に出てるぞコルァ!」



 円卓に着いている緑のスーツを纏う幹部・緑野みどりのは、親指で頬を掻きながらやれやれと言いたげに首を振って見せている。



(流石は総括責任者様だ、嫌味ひとつとっても品位がおありでいらっしゃる)



 赤羽は心中で毒づいてから己の席へと舞い戻り、ドカとわざとらしく音をたてて着席してみせた。

 その周囲や卓上には酒の空瓶が無造作に転がっており、先の注文が七本目のボトルであることがひと目で分かる。



「贔屓が負けたくらいで飲み過ぎだろ。このあと会議するんだぞ、わかっているのか?」


「言われなくてもわあぁぁぁってんだよォ! 人の心配してんじゃねええぇぞォ!」


「ちょっと、五月蠅いんですけど。データ纏めてるんですけど」



 割り込むように、青いスーツに眼鏡の女・青城あおきの非難が飛んできた。

 キーボードを叩いていた手も止まり、苛立ちを隠しもせずに眉間をひび割れさせている。

 どう控えめに見てもご立腹のようだ。



「青城ィてめーは酒飲まねえだろうが、だああぁぁぁってろ!」


「飲酒をしなくても五月蠅いものは五月蠅いんですよ赤羽さん。頭にビールでも詰まってるんですか? かち割って飲めばリサイクルもできますし厨房も助かりますよ」


「上等だこのアマァ!」


「やーめーろ。青城も、苛ついてるのはわかるけど油を注がないでくれ」



 フンと鼻を鳴らす女と、部屋全体に聞こえるように舌打ちをする男。

 双方を見てため息をついてから、緑野はゆっくりと口を開いた。



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