ハンカチと鉄の味②

 今年の部活紹介で羽球部は浜田が紹介のスピーチを行うことになった。

 そして、どういう経緯で決まったのか分からないけど、僕と紀夫が女装してスピーチをする浜田の後ろで羽を打ち合う構図になった。普段守備型の紀夫はこの時ばかりといわんばかりに思う存分スマッシュを僕に打ち込んだ。羽球部の紹介が終わり、舞台脇に引っ込んだ紀夫が言う。

「どうだった、俺のスマッシュ?」

「キモかった」

「それを言うならお前もだろ。チャイナドレスから太い脚をチラ見せしてよ」

「セーラー服の紀夫に言われたくないよ」

 浜田が両手を広げて言う。

「まあまあ、二人とも同じくらいキモかったよ」

 恥ずかしい思いをしたけど、僕らの演出は新入生の笑いを誘った。

「可愛い一年生が入ってくるといいな~」

「浜田には林さんがいるだろ」

 紀夫が言うと、浜田は顔の前で手を横に振る。

「あいつとは中学から部活が同じだけで、二人が期待するような関係ではございませんっ」

 彼はいつもそう言ってはぐらかすけど、僕らは今も真に受けない。きっと夏までに周りのプレッシャーに押され、二人の仲は深まるに違いない。そう思っていた。

 これも他の人の恋に疎かった僕の変化の一つだろう。幸せを選んだ僕のように、浜田にも部活以外で充実した時間を送ってほしかった。

 僕と紀夫は階段で浜田と別れた。彼は文系クラスでE組だ。一年生以外は自習になっているから部活紹介に関わらない生徒は教室で教科書を広げている。だから、僕は教室の後ろから静かにドアを開けて紀夫と教室に足を踏み入れた。

 僕らに気づいた後ろに座っている生徒が「何その格好」と言ったのを皮切りに、教室で爆笑が沸き起こった。その時、僕らは着替えを忘れていたことに気づかされた。それにこの光景は見覚えがある。クラスメイトは違えど、昨年の学校祭で女装させられた時に笑われた光景だ。

 一人の女子生徒がすたすたとやってきて、僕のチャイナドレスのすそをめくり上げ

た。

「まさか、この脚をさらけ出したの?」

 そう言ったのは、松田千恵だった。

 彼女とは小学三年から同じクラスだった。背が低いのだけど、バレーボール部に属していてちゃきちゃきしている女の子だ。小学生の時は元気がありすぎて、男子と喧嘩をするようなお転婆だった。高校になり少しはお淑やかになったかなと思ったけど、どうやら小学校の時からあまり変わっていないようだ。

「脚が見えるドレスなんだから仕方がないよ」

 彼女は僕の大腿をピシャリと叩いて、またスタスタと席に戻った。何をしたいのか理解できなくて、僕は首を傾げた。

 僕と紀夫は放課後に練習着に着替えて部活だから、制服に着替えず女装したまま自習することにした。しばらくすると、女子の間からクスクスと小さな笑い声が聞こえたけど、僕は気にならなかった。誰かの笑みを引き出すことができたのであれば、今日の行いは成功だ。

 だけど、ホームルームの時間に教室に入ってきた担任の先生には、なんだその格好と叱られた。


 ホームルームが終わった後、僕は教室の掃除をしていた。すぐ着替えて体育館に向かいたかったけど、掃除当番だから仕方がない。チャイナドレスにすっかり慣れて、女装姿で掃除をこなす僕を見慣れたのか、クラスメイトから笑い声が漏れることはなかった。

 掃除を終えて、整列された机の上にカバンを乗せて練習着を出したところで一人の女子生徒に話しかけられた。

「チャイナドレスが似合ってたし、部活紹介の打ち合いは迫力あったよ」

 確か名前は小林だったはず。隣町から電車通学していると自己紹介していたから、僕は彼女のことを覚えていた。

「ありがとう。小林さんも部活紹介でステージに上がったの?」

「うん、スピーチは部長がしたんだけど、私も三代君や高木君と同じく、スピーチする人の後ろでスパイクやレシーブをしたんだ」

「そっか、バレー部なんだね」

「千恵と同じく背が低いけど、一応バレー部なんだ」

「高校生なんだから、まだまだ伸びるよ」

「そうだといいな」

 道産子らしい色白でショートカットがよく似合う子だなと思った。

「ねえ、三代君は千恵と仲がいいの?」

「とくに仲がいいというわけじゃないけど、小学校の頃に同じクラスで小さい頃から知っているという仲だよ。今も相変わらずお転婆だね」

「千恵、お転婆だったの?」

「すっごくお転婆だったよ。男子とよく喧嘩して、泣かせていたもん」

「そうなの」

 彼女は二カっと笑う。髪が顔を隠さないからだろうか、眩しい笑顔だった。

「小林さんは松田と仲良しみたいだね」

「一年の時から同じクラスで、同じ部活。一番の親友かな。それにね、千恵も私も同じく看護師志望なんだ」

「もしかしたら、卒業後も同じ学校になるかもね」

「うん、そうなるといいな」

 黒板の上にかかっている時計が目に入る。部活が始まる五分前だった。

「そろそろ体育館に行かないと」

「あっ、私もだ。一緒に行こうよ」

「うん」

 僕は着替えと持ち、鞄を肩にかけた。

 そして、僕と小林さんは教室を出て肌寒い空気の体育館に向かった。

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