第四話 ハンカチと鉄の味

ハンカチと鉄の味①

 新学期が始まった日、僕は一年前と同じく早めに登校した。

 一年次と同じくH組だったので、以前の教室から真下の教室にずれただけだった。教室には初めて顔を合わせる生徒がいたから、また窓から外を眺めて始業式までの時間を潰す。

「おっす、何見てんの?」

 紀夫の声だった。一年前を思い出す。

「緊張の面持ちで校舎に入ってくる一年生を見てるんだよ」

「俺らも一年前はあんな表情しながら歩いていたんだろうな」

「そうかもね」

「ってかさ、お前はいいよな~」

「なんで?」

「二年になっても、小山さんと同じクラスだろ。俺なんか、紗希ちゃんとクラスが別になってしまったんだよ」

「隣の教室に行けば伊藤さんに会えるじゃん」

 バシッと背中を叩かれた。

「分かってねーな。隣のクラスだから近いけどよ、彼女と一緒の空間だとやる気の出方が違うんだよ。小さな差かもしれないけど、これから二年間積み重ねてみ。俺が思うに大きな差になると思うんだよね。小山さんと一緒に授業を受けれるお前が羨ましいよ」

 紀夫は大きなため息をついた。

 彼の考えは分かる。しばらく雅にしか会えない僕にとって、学校で雅世に会えることが救いだった。授業中、真剣な眼差しを黒板に向ける彼女の横顔が視界の片隅に映るだけで、気持ちが和んだし、僕も頑張ろうという気持ちになれた。

「紀夫の言うことは分かるよ。確かに、同じ教室に彼女がいるだけでやる気が随分と違ったのを思い出したよ」

「だろっ」

「クラス分けが決まった後だから仕方がないけど、また四人で勉強しようぜ」

 どう慰めの言葉をかけていいのか分からなくて、こうしか言えなかった。

「まあ、くよくよしててもしゃーねーしな」

 紀夫がそう言った時だった。

「二人とも、おはよう」

 優しい猫のような声がした。僕らも「おはよう」と応える。

「今日から二年生だね。よろしくね」

 雅世は僕と紀夫の腕をポンポンと触れて、席に向かいコートをしまいに行った。やっぱり僕は彼女の姿を目で追ってしまう。

「ニヤニヤしてると、だらしなく見えるぜ」

「そんな顔してた?」

「冗談だって」

「いや、そうかもしれない。元気な姿を目にしただけで、嬉しくなるんだ」

 紀夫は首を傾げる。

「春休み中、小山さんと会ったんだろ。親みたいなこと言うな」

「きっと、緊張しているんだよ」

「そっかそっか、リラックスしていこうぜ」

 彼は僕の背中をバシッと叩いた。痛かったけど、僕はほほ笑む。

「俺、トイレ言ってくるわ」

 紀夫の背中を見送り、僕は再び窓の外に目を向けた。

 今度は生徒ではなく、青空を漂う雲を見上げる。教室の喧騒を遮断しすると、先ほど聞いた優しい猫のような声がリフレインする。

 ちょうど一年前と違って、僕は明るい表情をしているだろうと自分で思えた。

 だから、これから始まる新学期には温かく明るい未来が待っている気がした。

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