双子星に恋するように⑦

 冬休みが終わった僕らは、一学年の残りの時間を駆け抜けるかのように授業をこなしていた。教科書の学習範囲を確実に終わらせたい先生方の気持ちも、時間の経過を早めていたのかもしれない。

 二月の学年末考査を終えた僕らは、慣性だけで進む自転車のように力の抜けた状態に近かった。だけど、学年末考査の採点用紙を脇に抱えた先生が教室に入ってくると、山椒が効いた麻婆豆腐を食べたようにピリッと気持ちが引き締まった。

 最後まで採点用紙を返却するのは、ミッチェルが一番だった。先生は来年二年生を受け持たないと言っていた。これまで散々いじられたことも、なんだか懐かしく感じて感傷的な気持ちになる。

 いつものように先生は一人ひとり名前を呼んで、答案用紙を受け取りに来た生徒に不気味な笑みを向ける。きっと生徒によって笑みに込めたメッセージは違うのだろうけど、僕には同じ笑みに見えた。そんなことを考えているうちに、僕の名前が呼ばれ

た。

「三代君」

「はい」

 教卓に向かうと、先生はこう言った。

「有終の美ですね」

 そして、ニヤリとほほ笑んだ。テストの結果には満足だけど、僕はまた先生にいじられる覚悟を決めて自席に戻った。席に座ると、隣の雅世が「何点だった?」と訊いてきたけど、僕はごまかして点数を言わなかった。

 全員の採点用紙を配り終え、先生は設問の説明を始めた。

 そして決まり文句のように言う。

「採点間違いの方はいませんでしたか?」

 今回は誰も手を上げなかった。

「私もやればできるものです。自分で自分を褒めます、これこそ有終の美です」

「先生、凄いじゃないですか。これまで毎回採点間違いがあったのに」

 先生につっこみを入れたのは奥村だった。

「先生だって人間ですから、たまに間違いはあるんですよ」

「たまにじゃなくて、ほぼ毎回だったっすよ」

 教室が笑いで溢れる。

「ミスがあっても、直すからいいじゃないですか」

「採点ミスするなら、俺が間違えた問題に丸をつけてほしかったな~」

「奥村君、大丈夫です。私は間違えている解答に丸をつけたことは一度もないのですよ。逆に、正解の解答にバツをつけたことはありますが」

「それって、俺ら損してるじゃん」

「だから、毎回返却した後に採点間違いがないか、あなたがたに確認してるんです」

 そんなやりとりが続く。だけど、僕はそろそろ来るなと感じていた。

 先生はニヤリとほほ笑んで、僕に視線を向けてから言う。

「結局、一年間このクラスのトップ2は三代君と小山さんでしたね。二人が陥落することはなく、素晴らしいパフォーマンスでした」

 クラスメイトから拍手が沸き起こる。

「お二人が結婚して子供が生まれたら、私が数学を教えて差し上げますからね。よい報告を待ってますよ」

 奥村が「ひゅーひゅー」と口火を切って、クラスメイトが便乗するようにひゅーひゅーと言い出す。いい加減僕も慣れたので、僕は立ち上がって「ありがとう」と両手を上げて応えた。隣の雅世は、相変わらず顔をりんごのように真っ赤にしていた。

 浮かれた雰囲気もつかの間、僕らはすぐに気持ちを切り替えた。なぜなら、学年末考査の結果で二年次のクラス分けが決まるからだ。僕のクラスは偶然なのか、理系クラスを希望する生徒が多かった。希望する生徒が多かったとしても、二年次に理系クラスは二クラスしか設けられない。そこは臨機応変に対応できないのかな、と疑問に思ったけど学校側の事情があるのか、過去に理系クラスを希望する生徒が少なかったのか、僕らの知らない背景があるのかもしれない。

 授業が終わると、ひまわりのような笑顔で雅世が僕に答案用紙を見せてきた。

「じゃーん、やっと満点取れたよ」

「よかったね、おめでとう」

 これまでの中間考査や期末考査と違い、彼女と一緒にテスト勉強することはできなかったけど、今まで以上に追い込んで勉強したのだろう。

「三代くんは?」

 教室の中では、僕らは苗字で呼び合っている。

「小山さんと同じだよ」

「な~んだ、引き分けか」

「残念そうだね」

「そうだよ。一年のうちに、一度は三代くんに勝ちたかったな」

「全教科の合計では、毎回小山さんが勝ってるじゃん」

「私は完全勝利を目指しているのですよ」

 ミッチェルの口調を真似て彼女が言った。なので僕も便乗して言う。

「一年間、小山さんに数学で全勝。これこそ有終の美です」

「なに、それ」

 彼女は笑いながら僕の腕をポンと叩いた。


 授業を終えて、部活のために体育館に向かう途中だった。

 生徒玄関の靴箱を開いていた奥村と目があった。今まで僕から彼に声をかけることなんて一度もなかったけど、どういう風の吹き回しか、僕は立ち止まって口を開く。

「グラウンドに雪が積もってても練習やるの?」

「雪を理由に練習をしなかったら、強くなれないからな」

「滑ってケガしないようにな」

「スパイクだから大丈夫だって」

 彼は笑って親指を立てる。

 彼は続ける。

「来年は俺ら別々のクラスになると思うけど、小山さんをよろしくな」

 彼は文系クラスを希望している。

「ねえ、ずっと思っていたけど、奥村はどうしてそんなに小山さんのことを気にかけるの?」

 彼はなんだか照れ臭そうな表情をして言う。

「まあ、憧れだな」

「憧れ?」

「おう。俺ってさ数学が苦手だから、数学ができる女子に憧れるんだよ。憧れた女子には幸せになってもらいたいんだよ」

「僕らを茶化したのに?」

「ちげーって。三代と小山さんを茶化したくてそうしたわけじゃねーよ。俺さ、本心

から三代とさ小山さんがお似合いだと思ったんだ」

「まあ、奥村が茶化してくれたことがきっかけで、小山さんと話すようになったのは確かかな」

「災い転じて福となすって言うじゃん」

「結果論じゃん」

「まあ、どちらにしろいいじゃねーか。おっ、そろそろ行かなきゃ。じゃーな、三代も部活がんばれよ」

「ああ、奥村も」

 僕は外に向かう彼の背中を見送りながら、小さな声でありがとうと言った。

 そして、帰宅する生徒を掻き分け体育館に向かった。

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