双子星に恋するように⑥
冬休みが終わる五日前、僕は紀夫と伊藤さん、そして雅世の四人で厳島神社に向かっていた。本当は正月三が日に行きたかったけど、雅世の元父親が年末年始に彼女の家にやってくる可能性があったから、僕は紀夫に初詣に行こうよと誘われた日を何かと理由を言って後ろ倒しにしてもらった。
そんなこともあり、僕は彼女と会うのはスケートに行った日以来となる。
隣を歩く紀夫が言う。
「小山さんには、ちゃんとクリスマスプレゼントをあげたのか?」
「あげてないよ。柳町に行った時、小山さんが来ることを聞いていなかったから、何も用意してなかった」
「お前さー、会える会えない抜きにして、プレゼントは用意しておくもんだぜ」
僕はやっぱり恋人達のイベントに疎い。
「紀夫が言うとおりだよ」
「分かったならいいけどよ、スケート行った後に小山さんと会わなかったのかい?」
「うん、予定が合わなくて会えなかったんだ。だから、今日会ったのはスケートに行って以来なんだ」
僕は風で巻き上げられた雪に目を細めながら言った。
彼は僕の肩に腕を回して言う。
「まあ、それでもプレゼントは用意して渡してやれ。付き合っているなら、それくらいしてあげたいだろ」
「そだね」
紀夫に叱られながら、僕は雅世に何をプレゼントしようか考えていた。画材関係の物がいいのか、それとも女の子が喜びそうな物がいいのだろうか。よく考えてみると僕は高校生の女の子が喜びそうな物が何かを知らない。
「紀夫は伊藤さんに何をプレゼントしたの?」
「ん、俺か? 俺はマフラーをプレゼントした。ほらっ、今彼女が首に巻いているのは俺があげたマフラーなんだぜ」
ベージュ色のコートに深い緑色のマフラーは伊藤さんにとても似合っていたし、北欧の針葉樹の葉を想起させるような緑は、街の雪景色にもマッチしていた。僕は素直に素敵なプレゼントだなと思う。
「良い色のマフラーだね。伊藤さんにとても似合ってる」
「だろ」
紀夫はとても嬉しそうだった。きっと伊藤さんへのプレゼントは何度も吟味を重ねて選んだのだろう。
話しているうちに厳島神社に着く。三が日から一週間くらい経過しているから、境内にはまばらにしか参拝客がいなかった。
僕らは四人一列にさい銭箱の前に並ぶ。将棋の駒みたいな形をした木に、二拝二拍手一拝と参拝の作法が描かれていたので、その通りに動作をしてみた。厳島神社に参拝するのは初めてだけど、昨年一年間無事に過ごせた感謝を心の中で言葉にした。
その後、僕らはお守りを見てから神社を後にして、米町公園に向かう。公園は神社のすぐ近くで、公園の中には展望台が建っていた。展望台と言っても高い建物ではなかった。灯台を三分の一くらいに切ったような建物だけど、階段を上ると街並みと港、そして太平洋を一望できた。遠くの製紙工場の煙突から白い煙が横に伸びていて、空気の冷たさを僕らに主張しているようだった。
手すりに寄りかかったまま紀夫が言う。
「冬休みが終わったらすぐに期末試験だし、それが終わったらいよいよ二年生だな」
彼は事実を述べているだけなんだけど、僕には嘆きに聞こえた。遠くから聞こえる船の霧笛のようだ。もしかしたら、二年生で待ち構えているクラス変えに対し不安感を抱いているのかもしれない。
僕は空を見上げて考える。
僕らの心はこの街の冬空のようにいつも晴れ渡っている訳ではない。どちらかというとよくガスに包まれる夏の街に近いのだろう。義務教育から離れ自分で選択を迫られることが多くなる僕らの心に漂っている漠然とした不安は、このの街を覆うガスのようだ。
でも、僕らは不安の言葉を口にしながらも未来に向かって足を踏み出すしかないんだ。どこの大学に進学したい、こういう仕事をしたい。そうやって、自分の意思で道を進むことができるようになることが大人に近づくことなのかもしれない。そんなことを、市街を眺める紀夫の横顔を見ながら思った。
お昼ごはんは伊藤さんお勧めのラーメン屋さんで、ラーメンを食べた。当たり前だけど、学食のラーメンよりも格段に美味しかった。
夕方に用事があると言った紀夫と伊藤さんと米町で別れた僕は、雅世に街で買い物をしたいと言った。彼女は門限までに帰れればいいと言ったので、僕らは北大通りに向かった。
僕らは、まず大きな書店に向かった。本を買いたかったのは僕だから、僕が目的の本を買い終わるまで彼女は美術関連コーナーで本を読んで待っていた。
本を買ってから丸三鶴屋に入った。頬が痛くなるような外の気温に晒されていた状態から、暖房がよく効いたデパートに入ると少々暑い。脱いだコートを抱えて、マフラーコーナーに向かった。
何色がいいか、どんな柄がいいのかと考えながらマフラーを物色していると、彼女が一つのマフラーを手に取って、僕の首辺りに当てて色を確かめる。
「この色とか賢治くんに似合いそうだよ」
「そだね、良い色だよね。だけど、自分用じゃないんだ」
「そうなんだ。余計な口出ししてごめん」
「そんなことないよ」
そう言って、僕はほほ笑んで見せる。
ふと一つのマフラーに目が止まる。そのマフラーは紀夫が伊藤さんにプレゼントしたマフラーの色に近かった。だけど、力強い緑というよりは少し優しさを感じる濡葉色のマフラーだった。この色なら学校のブレザーの色にも合いそうだな、と妄想を膨らませる。
僕はレジでこっそりとプレゼント用の包装にしてもらう。
丸三鶴屋を出て、いつも紀夫たち四人でよく行った喫茶店に入った。店内は温かいから、彼女はアイスコーヒーを、僕はアイスカフェラテを注文した。
僕は徐にマフラーが入った紙袋を彼女の前に差し出した。
「はい」
「えっ、どうしたの?」
「遅くなったけど、クリスマスプレゼント」
「いいの?」
「うん、柳町でスケートした日に渡せなくてごめんね。あの日、雅世ちゃんが来ることを知らなかったから用意してなかったんだ。なんかお正月も過ぎてしまい、完全に時期外れだけど、どうしても渡したかったんだ」
「ありがとう。開けていいかな」
「もちろん」
彼女は紙袋のシールをゆっくりとはがし、万華鏡を覗き込むように小さく開けた紙袋の口から中を覗き込んだ。僕はその様子を見て、率直に可愛いなと思った。
「あ~、マフラーだ。しかも、バーバーリー」
「ごめん、さっき丸三鶴屋で買ったマフラーなんだよね」
「ううん、それでも嬉しい。ありがとう」
「それともう一つ」
僕は本屋で買った本を差し出す。
「これは、もう一人の雅世ちゃんへのクリスマスプレゼント」
「これもさっき買ったやつじゃん」
「ごめん」
「ふふっ、冗談」
彼女は僕に向かって笑う。今この瞬間、僕だけに向けられた笑顔を見て、胸のあたりが綿菓子のように温かくほんわりとする。
「これは何の本?」
「北海道の写真集だよ。外に出て景色を見てもらうのは難しいと思ったから、絵が描けるように景色の写真集にしたんだ。この街の夕日の景色も載っているよ」
「そっか、ありがと」
タイミングを見計らったかのように、プレゼントを渡し終えたタイミングで注文した飲み物が運ばれてきた。
「来年からは、ちゃんとクリスマスに渡せるように準備するね」
「ちゃんとするのは私もだよ。こうして賢治くんからプレゼントをもらったのに、私は賢治くんへのプレゼントを用意していないもん」
「いいよ、僕が雅世ちゃんにプレゼントをあげたかっただけだから」
「そう言っても」
彼女は困ったような顔をして、ストローを口につけた。
プレゼントの話は切り上げると、僕らの話題は期末試験の内容になった。彼女は今度の期末は僕に勝つと張り切っていた。でも、僕が点数で勝っているのは数学だけで、科目合計では一度も彼女に勝ったことがない。いつも数学のトップを争う相手は彼女だけど、雅世が相手でも負けたくはなかった。どうやら、僕の根底には負けず嫌いの僕がいるようだ。
だけど、勝ち負けよりも二人で一緒に一○○点を取りたい気持ちの方が強かった。根拠はないけど、一年最後の期末試験では揃って満点をとれるような気がする。そして、ミッチェルの度肝を抜いてやりたい。
飲み物を飲み終えると、時間は夕方に差し掛かっていた。会計を済まし、お店を出ると、暗くなり始めた空からちらちらと雪が舞い落ちていた。
バス停で時刻を確認すると、数分前にバスが来ていた。次のバスが来るまで二○分くらい時間があるから、外でじっと待っているだけだと凍えてしまう。僕が次のバス亭まで歩かないと言おうと思った矢先に彼女が言う。
「次のバスまで時間があるから、今日もまなぼっとのバス停まで歩こうよ」
「気が合うね、僕もそう思っていたところ」
僕らは笑顔を向けあう。
少しずつ暗くなる空から、舞い落ちる雪が多くなってきた。雪が降っている時、幣舞橋の冬の像はとても美しく見えるし、像が纏う躍動感が雪に引き出される。
いつものように僕らは出世坂を上る。上り終えると、雅世は僕の手を引っ張り、ぬさまい公園に入った。
「どうしたの?」
「ちょっと雪景色の幣舞橋を見て行こうよ」
ちょっとバスの時間が気になったし、先ほどよりも雪が強くなってきていたけど、僕は頷く。
僕が雅世に告白した日を再現するように、僕らは手すりに腕を乗せて幣舞橋を眺める。橋を眺めていたけど、僕は雪の間から見える彼女の横顔を眺めていた。少し不安げな目で橋を眺める彼女が寒くないか心配だった。
僕は彼女の髪に積もった雪をふんわりと払う。さっきは分からなかったけど、彼女は涙を流していた。
「どうしたの?」
彼女は涙を拭ってから言う。
「これまで、ごめんね。私、賢治くんに迷惑ばかりかけてる」
僕は首を振って、ほほ笑む。
「そんなことないよ。どうしたの、急に?」
「だって、会う約束を守れない日もあったし、冬休みの間も全然会えなかった。本当は一緒に勉強したかったし、遊びにも行きたかった。元日に初詣にも行きたかった。なのに、全然できなかった」
「うん、僕も雅世ちゃんに会いたかったよ」
「でしょ。私のせいで……」
僕は彼女を抱きしめる。
「気にしないでいいし、それに雅世ちゃんは何も悪くない。何も悪くないよ」
「でも」
「今日は一緒に神社に行けたし、一緒に街で買い物もできた。それでいいじゃない。冬休みの間にこうやって会えたんだし、凄く楽しかったよ」
彼女を慰めたくて並べた言葉じゃない、僕の本心だ。
雅世は涙を拭ってほほ笑む。
「ありがと」
僕は彼女の頬に手を当てる。
「そんなに自分を責めないでよ。僕は十分に幸せだよ」
夢じゃなく幸せを選んだ僕は、心からそう思えるんだ。ポラリスの光が届く場所ではなく、君の隣にいることを望んだんだ。君の隣が例え吹雪だとしても、僕は迷わず君の隣を選ぶ。今は自信を持ってそう言える。
だから、僕は雅世の唇にそっと自分の唇を重ねた。
彼女との初めてのキスは、雪の味がした。
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