今も僕は星の煌めきに手を伸ばす③

 四月も残り数日になった、とある日の夜だった。

 僕は羽球部の練習を終えて、夜のひぶな坂を自転車で上っていた。毎日通学時に通るS字の一キロ弱の坂だ。勾配は緩やかなため部活がない日は足を着かずに漕いで上れる坂だけど、今日の練習は入部してから一番ハードで脚がパンパンだった。だから、坂の途中で自転車を降りて歩いてしまった。

 坂の中腹に展望スペースとベンチがあるから、僕はそこまで自転車を押して坂を歩く。ひぶな坂と書かれた魚の形をした看板の前で、自転車のスタンドを出してから柵に寄りかかった。

 柵に組んだ腕を置いて、春採湖を眺めながら風に当たる。

 僕の家は丘陵地帯にあるから、毎日この坂を上らないといけない。部活の負荷に耐えられる筋肉にはまだなっていないから、練習の度に脚がパンパンになる。脚パンな状態で上れるほど、ひぶな坂は甘くはない。お腹に穴が空きそうなくらい空腹だったから、一秒でも早く帰宅してごはんを食べたい気持ちが僕の中で暴れているけど、脚を休めてからでないと坂を上れないくらいヘトヘトだった。坂を上らなくても済む地域に住んでいる紀夫や岡野が少し羨ましかった。

 春採湖とアイスアリーナの間に視線を移す。

 ひぶな坂からは彼女が通う高校が見える。白い校舎の壁面にそびえる時計がライトアップされていて、ここからでも時計の針の位置を確認できそうなくらい目立っていた。

 坂を吹き上がる風は気持ちが良かった。

 風に当たったお陰で、火照った体がだいぶ落ち着きを取り戻した。

 羽球部に入り、今までの人生の中で一番身体を動かしている。練習中はバドミントン以外のことなど頭に浮かばないほど、羽を追いかけ打ち返すことに力を注ぐことができている。だけど、部活が終わって学校から一歩外に出ると、やっぱり彼女のことを考えてしまう。彼女が通う学校の前を毎日通るし、ひぶな坂を上っても坂の中腹から彼女の学校が目に入る。

 彼女と関わる要素を目にするたびに、条件反射のように頭の中に彼女の姿が浮かび上がってくる。だから、彼女のことを考えない日は無くならない。

 瞳を閉じれば、一番最初に思い出すのは彼女の瞳だった。大きくて、丸くて、僕をまっすぐ見つめる彼女の瞳。だけど、その記憶は中学の時から変わっていない。僕は中学二年生の彼女までしか知らない。それでも、僕は追憶の中の彼女が向けてくれる笑顔を思い出すことを止められなかったし、この笑顔をアップデートしたいと何度も思った。

 だからもう一度、彼女に会いたかった。

 高校生になった今の彼女と会いたかった。

 君はきっとバス通学だから、僕がこうして自転車で通学している限り、道でばったり会うことはなさそうだ。

 彼女の名前を口にする。小さく発した名前は桜の花びらのように風に舞う。そして僕は、群青色の空に祈るように想いを放つ。

 ――どうかこの想いが天に届きますように。

 男らしくないかどうかは分からないけど、やっぱり僕はこの初恋と決別できない。彼女と再会できる見込みが薄くても、どうしても彼女にまた会いたいと願ってしまう。

 もう一度、彼女の名前を口にする。

 夜風にさらわれるように名前がはかなく消え、僕の胸はチクリと痛んだ。

 輝きが増す星の下、胸の痛みに耐えながら、僕は彼女が通う高校の校舎をしばらく眺めていた。

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