瞬の実施試験 ※×××視点

「…………」

 念じれば出てくる本に、さらに念を込めれば相性の良い異界の生物が現れると聞かされた。

 召喚をしろと言われて本を眺めて数十秒。もう少しで注意を受けそうというところでようやくマナを込めて異界からの客人を喚び寄せる。

「――煙魔様! 及びでございましょうか!? 珍しいですね煙じゃないのは……………………………………ん?」

「…………」

 出てきたのは瞬にとっては見覚えのある人物。

 今は仮面をつけていて、服装も袴姿で刀を携えているけれど、それでもその洗練された武人の如き立ち居振る舞いは見紛うはずもない。つい数ヶ月前、姉と共に稽古をつけてくれた人――雪日。

「お前は……和宮内の……」

「…………」

 コクリと頷き、距離にして十と七歩あったところを四歩まで詰める。

「ここは……演習場か。煙魔様は……だいぶ遠いな。では喚んだのは……」

「…………」

 またコクリとひと頷き。表情は変わらないままだが内心としてはかなり上機嫌。

 自分以上に強い人類は魔帝か姉くらいと思っていたら突如現れた無名の達人。それも武器を持つ自分を素手で軽々あしらうほどの。

 姉曰く、異界の住人とも聞いていたし。既に誰かの契約者らしく、被ることがあるのかは知らないが、少なくとも自分の相棒として来てくれたのならば有難き運命。

「そう……か。この学び舎についてはそこそこ頭に入れているが……うん。そうか……煙魔様じゃないのか……」

「……?」

「まぁ、なんだ。私としては特に用もないから……帰る」

 しかし、当の雪日はあまり乗り気でない様子。踵を返して開いたゲートへと戻ろうとする。

「……っ」

「あ、おい、なに?」

 そうは問屋が卸さないと言わんばかりに袴を掴んで逃さない。

「…………」

「な、なんだよぉ〜。そ、そんな目で見たってなぁ……」

「…………」

「……わ、私は既に煙魔様の側仕えで……」

「…………」

「相方ができねば入学できないのは知ってはいるが……しかしそれはそれとして二足のわらじというのも……」

「…………」

「だから……」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………ぅ」

「…………」

「わ、わかった……。良いだろう。だが基本的に煙魔様を優先するからな。それだけは譲れん」

「…………」

 コクリと頷き、袴を離す。そして。

「はぁ……なんと説明しよう……?」

 そうボヤキながら今度こそゲートの向こうへ帰っていく。

「…………」

「……あ、うん。契約者もできたようだし。合格。行っていいよ」

 目を伏せてお辞儀の代わり。瞬も演習場を去り、説明会へ。


 尚、説明会は去年と異なり特になにもなく卒もなく終わったそうな。

 しいて言えば、欠席者がひとりいたという噂。

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