アナザー0 後

「グルルルル……」

 紫色の空の下。獣のように唸る怪物が一匹、幾千万に及ぶ屍の山に立つ。

 怪物の頭部は長い白髪に爬虫類を彷彿とさせる顔で、目元は近代的なゴーグルで隠されている。

 首元から鼠径部にかけては黒いタイツのような生地に包まれているが形は人間で皮膚感は露出部分から鱗だろう。また、手首と足首にもなにかはめられていて、腰にはベルトと共にゴツめのポーチが左右についている。

 背から尾てい骨までは覆っておらず、肩甲骨から少し離れてリリンの影のようなモノが星空のような淡い光をいくつも包みながら翼を象っていて。腰から尾てい骨あたりに大きな尾が垂れている。

 以上から、その怪物の様相をまとめると近代的装備をした竜人……といった感じだろうか。それ以外に適切な言葉は見つからない。

「グルルルル……――原住民と調査時危険となりうる生物の掃討を完了。一定以上の知性を持つ生命は周辺には感知不可。任務完了と断定、これより帰還する」

『了解。帰還を許可する』

 で頭部を包むと、爬虫類から人間の顔へ変化する。そのままオペレーターへ連絡を取り、状況を報告。帰還の許可を得ると首から下もが包むと竜人から完全な人間の姿になった。

 身長は百六十そこそこ。四肢も胴体も病的に細く、一見男女の区別はできないが、女性のよう。

 なにより、目はゴーグルで隠れているが鼻や口や骨格がにソックリ。つまり、あの因子を多く孕み、また強く出ていているのだろう。

「……」

 手を二度、三度と握って感触を確かめると、背にある翼が歪な波状を描いて飛び上がる。

(……一応片付けておこう。ついでに新しいジーナシリーズのテストも不十分だったし、最高出力のデータは送ったほうがいいでしょ)

 帰る前にもうひと仕事と言わんばかりに左手で右手を掴み、手首にはめてある機械にマナを込める。

「音声認識。自動出力。自動範囲指定を起動」

 そう口にすると機械は電源が入ったように光が手首を回り、輪を作った。

 そして、さらに込めていく。

 強く、強く、数千万の屍を一度に消し去るほどのマナを。

「……セイバー」

 言葉に反応してほんのりと紫を帯びた黒いマナの塊が機械から溢れて剣を象り天を指す。

 放出されたそれは純黒ではなく、翼のように星空を孕んでいる。

「……っ」

 宙返りをするようにその巨大な星空のようなマナを振り下ろし、地につくと瞬く間に数里先まで広がり、死骸を消滅させていく。

 マナが消える頃には消滅対象とした死骸のみ消え、余計なモノには被害はない。これなら調査に弊害はないだろう。

 これにて、虐殺にんむ完了。

「……はぁ」

(……疲れた)

 彼女はこの世に生まれ落ちてから……いや、創られてからいったいどれほどの命を奪ったろうか。

 別にそこに罪悪感を覚えるわけではないが、とはいえやりたくもないのにやっていれば憂鬱にもなってくる。

(それもまた贅沢な悩みなのかな。あの時よりもずっとマシだし)

 人間をベースにあらゆる生物の遺伝子を先天的、後天的に混ぜられて。その上であらゆる耐性を得るための薬物投与。再生力と痛覚制御を高めるための幾度と繰り返される意図的部位欠損。人間ならばもちあわせる感性もある程度育てられた上でこのようなことをされていればむしろよく正気を保っていられると褒めていいだろう。

 実験の日々に比べれば、虐殺など楽なもの。

(自殺でもできれば悩む必要もないけれど)

 それすら、贅沢品。

 彼女の身は全て政府のモノ。

 最近はほんの少しの気晴らしを用意されているものの。結局は便利な戦闘兵器に他ならない。

(でも、もうすぐそれも終わるかもね)

 彼女には近々新たな任務が下る予定。

 事ある度に政府と対立してきたとある人物の抹殺。

 刃羽霧紅緒との対決。

 政府の中枢はシステムの影響下にあり、召喚魔法への差別意識を助長させるよう仕向けられている。

 少し前までは紅緒以外の実力者はいなかったため、あまり意識する必要もなかった。

 しかし、クレマン・デュアメルを倒した天良寺才を筆頭に実力者たちが現れ始めている。

 さらに、アノンによる人類の進化が加速すればシステム側も対応を強めねばならない。

 故、アノンの持つ最大勢力、召喚魔法師かつ現役最強の魔法師である紅緒は排除しなければならないというわけだ。

 そう、だからこそ。だからこそ彼女の実験動物兼戦力兵器いぬ生活は終われる可能性がある。

 倒せば自由という意味でなく、運が良ければ殺してもらえるという意味。

(早く命じてほしい……そう思うのは初めてだね)

「さて、今度こそ帰るか――」


 ――ジジジ……バシュンッ!


「あ」

 身を翻し、ゲートが開く場所へと向かおうとしたところで両手についていた機械が壊れる。

(ん〜、出力マナが強すぎたかな。でもある程度いれないとテストにならないし、容量不足けっかんが早く見つかったと報告すればいいかな)

「……」

 今度こそ、やり残しはない。

 前方数キロの空間を歪ませ、身を投じると瞬時に加速。そのまま飛び去っていく。


 いずれ、彼女とは邂逅することになろう。


 しかし、出会うのは召喚魔法師であっても紅緒ではない。


 けれどある意味、紅緒よりも人間離れしている。


 才、リリン、カナラ、ロゥテシア、コロナと並ぶことはできずとも。準ずる潜在能力を持った派生型新人類。


 吸血鬼と呼ばれた先祖を持つ、とある少女と。

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