第11話 廃村の調査ミッション

 目的地の廃村はひっそりと静まり返っていた。


 家々は扉がなかったり窓が打ち壊されていたりで、いかにも荒廃した雰囲気を醸し出している。静けさと相まっていかにも不気味だ。


「こりゃ、野盗の隠れ家にはもってこいだな。家の陰にも中にも隠れられるし、二階建ての家の窓から狙撃されたらひとたまりもないな」


 ライアスはぐるりと村を見渡しながら言った。

 廃村の調査という名目だが、野盗に待ち伏せされているとしたら危険なミッションだ。


「そうね。いやに静かだし、一件ずつ離れた家から攻めましょう」


 淡々と応じるマーブルに対し、ライアスは考え込むように顎に手を当てた。


「本当にここが廃村なら、試しに一件燃やせば野盗を炙り出せるんじゃないか?」


 マーブルとファブラが同時に「えっ⁉」と驚きの声を上げる。


「ちょっと! 何言ってるの! そんな非道なこと、できるわけないでしょ!」


 戸惑いと怒りが混じったような顔で詰め寄るマーブル。

 二人にとっては余程突拍子のない提案だったらしいことに、ライアスは首をひねった。


「んー、遭遇して結局戦うなら似たような気もするんだけどな。やつらだって非道な真似を平気でやってくれるわけだからさぁ」


 ファブラが困ったような笑顔を作る。


「そ、そもそもここにはシェラタンの人々からの盗品があるって。手掛かりを掴め、という目的だったはずですが」

「ああ……そうか」


 奇襲を防ぎ、自分たちがより有利になるような作戦を提案したつもりだったのだが。

 だが確かに盗品や手掛かりまで一緒に燃えてしまっては駄目か、とライアスはため息を吐いた。その顔をマーブルが不安そうに覗き込む。


「あ、あなた。大丈夫?」

「……すいませんでしたね。で、どうするんだ?」


 釈然としないまま問い返すライアスだったが、マーブルは「うっ」と言葉を詰まらせた。賢明な方法を思いついているわけではないらしい。


「……そうね、室内は私たちには分が悪いから、家の中はあなたに探ってもらいたいわ。私たちは壁際に待機して周囲を警戒するから、敵を見つけ次第皆で戦いましょう」

「そうか……」


 返事をするライアスの頭上で、フライアが腑に落ちない顔で呟く。


(……なんか、これ)

(鉄砲玉だよな、俺たち)


 野盗が潜んでいるかもしれない廃家に忍び込み調査をするのがライアス。残りの二人は外の見張り。パーティメンバーの代役を務めるだけのはずが、いつの間にやらミッションを主導する立場になってしまった。




 内心不満に思うも仕方がない。確かに弓使いと魔術師では咄嗟の迎撃ができないことは想像がつく。

 適当にあたりをつけた家に近付き、壁際に張りついて様子を窺った。身を潜ませるように身体を屈め、玄関口まで進んで行く。

 マーブルとファブラに目配せをして、「じゃあ、行くぞ」と合図を送ってドアを開いた。


(……いいのか、これで?)

(たぶん……。マーブル、親指上に立ててた)


 どうにもぎこちなく、兄妹で確認を取り合う。

 言うまでもなく潜入作戦なんて経験はない。それっぽく動いているだけだ。


 ドアの先、室内に人の気配はなかった。中に入り、積もり積もった埃を踏みながら奥へと進む。室内は冷え冷えとしてかび臭い匂いが充満していた。


「誰もいないな」


 足音を忍ばせてあちこちを探索してみるも、やはり人の気配はない。


(盗品もなさそう?)


 そういえばそうだった、とライアスが棚の引き出しやクローゼットの中を調べる。しかし目ぼしいものは何も見当たらない。

 家具類はたっぷり埃が積もっていて、とても人が触っているようには思えない。


「やっぱり何もないな。出よう」


 その家を後にすると、外で控えるマーブルたちに合図を送った。


 マーブルは「OK、次行きましょう」と言って次の家を調べはじめる。もちろん捜索はライアスの役目だ。何とも損な役回りに兄妹はため息を吐いた。

 今更ごねても仕方がないので引き続き二件目の家を調べる。今度は入口に鍵が掛けられていたが、窓が破られていたため、気配を窺いつつ窓枠を飛び越える。


「まずは出入り口の確保だな。行ってくる」


 窓の外にいるマーブルに声をかけ、内側からドアの鍵を開ける。それから家の中を調べるも、一件目と同様に目ぼしいものは見つけられなかった。


「次だ、次」


 自分ばかりが身体を動かす状況に半ば呆れかえりながら、三件目、四件目と次々に調査を続けていく。

 しかし野盗や盗品はおろか、その手掛かりすらも掴むことはできない。一行は次第に疑問を抱きはじめる。


「本当にここに盗品とか野盗がいたのか? 埃だらけで人が立ち入った形跡すらないぞ?」

「うーん、だよね。キミにちょっとついていって中を見たけど、私も変だなって思ってる」

 マーブルはおかしいなあと首を傾げた。


「それじゃ、次は……あそこか?」


 ライアスは次の家を指差した。


「かなり村の中央に寄っちゃうね。周りに隠れるところもないし、位置取りに気を付けないと」


 マーブルの言うとおりかなり危うい場所にあるが、順番からいけば次はその家の調査だ。


 ライアスはマーブルたちと頷き合うと、素早くその家に駆け寄った。入口で身を屈めてドアの取っ手を握る。鍵は掛かっていないようだ。


「じゃあ、行く」


 今までよりやや緊張気味に中へと侵入する。

 一見すると今までの家と何も変わらないように思えたが、あることに気が付いた。


(足跡か? 床の埃がところどころ薄くなってる感じがするぞ)


 息を呑み、これまでより慎重に気配を探る。フライアはジッと耳をそばだてた。だが物音ひとつしなければ、人の気配も感じない。


(今はいないみたい)


 しかしこの家が野盗に使われている可能性は高そうだ。


(何事もないまま終わると思ったんだがねえ)


 忍び足で家の奥へと進む。


 するとやはり部屋の廊下でところどころ埃の散り方が異なっている。ライアスは誰かが通ったように散乱した廊下を進んでみることにした。


 やがて寝室らしい部屋に行き当たった。埃によってできた道はその室内にも続き、ひとつの飾り棚の前で途切れている。その棚にはしっかりと閉じられた大きめの引き出しがあった。


「……誰か、いねえよな? なんか、いかにもすぎないか?」

(……後ろは、来てない)


 ライアスに憑依したフライアは常に背後を警戒していた。その身体が小刻みに震えている。


 室内は明かりがないため薄暗い。この状況、それにいかにもな雰囲気のせいか、緊迫感に満ちた息苦しい空気が兄妹を包んでいた。

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