第12話 幾多の罠を越えて

 ひと呼吸おいて、いざ引き出しを開けようとライアスが手を伸ばしたその時。


「あああああああっーーー‼」


 唐突な叫び声に兄妹は揃って驚き、その場で跳びあがった。


(っ‼‼)

「なんだなんだ? マーブルか!」


 驚きのあまり心臓が止まりそうになりながらも、家の玄関口までダッシュで戻る。

 外の様子を窺うとマーブルとファブラが何者かと交戦していた。それもかなり近接で受けている。


「く、来るな! 来るな! ファブラ、距離取って!」

「無理! ちょっと、堪えて! きゃあ!」


 野盗だ、それも三人いる。やはり潜んでいたらしい。

 弓使いと魔法使いの遠距離職二人はどうにか距離を取ろうとしているが、突然の襲撃にすっかり狼狽えてしまっている。


「言わんこっちゃねえじゃねえかよ!」


 ライアスが剣を抜いて飛び出すも、マーブルとファブラは敵から距離を取ろうとどんどん離れていってしまう。


「あーあー! 待てって! お前らが引きつけてんじゃねえって!」


 こうなるともう滅茶苦茶だ。タンク役のライアスではなく、遠距離職の二人が敵を引き付けてしまっている。

 それでも、見捨てるわけにいかないとライアスは野盗たちを挟まんと全力で走る。


(お兄ちゃん、さっき言ってた技!)


 フライアが咄嗟に声を上げる。


「ああ……、まさかこんなすぐに必要になるとは思わなかったけどよ……や、やってみるぞ。……そうら、超電磁!」


 その瞬間、ライアスの掌から電撃が迸る。大仰な技名が叫ばれたが雷属性の魔法だ。

 稲妻のような光は一瞬にして野盗のもとにたどり着き、その背中へと被弾した。次の瞬間、動きがバチっと野盗の身体が硬直し、同時に素っ頓狂な声を上げた。


「ンぐっ! が、わあっ!」


 雷を放った手を握り込み、グイッと手前に引いてみる。すると……


「そのまま引きつけ……? だっ!」


 次の瞬間、野盗の後頭部とライアスの額が激突した。ぶつかった衝撃でのけ反って視界いっぱいに青空が広がる。

 磁力を使うことには成功したが、はじめて扱うせいで加減がまったく分からない。


「いってえ‼」

「がはっ‼」


 お互いに叫び声を上げて倒れ込んだ。だがライアスは痛みをこらえてすぐさま立ち上がる。


「あ、ああ……あ⁉ ぐえぇッッ‼」


 何が起きたか分からずに頭を抱えてうずくまる野盗に、剣先を突き入れた。


(そんな……)


 いろいろな意味で凄まじい兄の戦い方に思わず呻くフライア。

 ライアスはじんじん痛む額を押さえ、改めて状況を確認した。


「あぁ……い、行くぞ! マーブル! こっちへ来い!」


 そう言って両腕で合図を送る。

 三人に取り囲まれていたマーブルとファブラだったが、一転、ライアスが加わり二対三が三対二に変わった。憑依したフライアを加えれば実質四対二だ。戦況を覆すなら今だ。遠距離職の二人を野盗から引き離さなければ。


 マーブルとファブラは野盗をいなしつつ、どうにかライアスと合流できた。マーブルは少し負傷しているようだったが、大丈夫だというように親指を立てた。


「迂闊だったわ。でも、ありがとう! この体勢なら私も戦えるから!」

「ああ。で、俺は前に出るんだったな」


 当初の作戦どおりにライアスが野盗の前に出る。残りは二人、刃が交わり剣戟音が響いた。

野盗は刀身の反った湾刀を手にしている。分厚い剣で一撃は重いがその分スピードがない。これなら深追いしなければ致命傷を負うことはない。


「ファブラ! 行くわよ!」

「ええ! 炎弾フレイムストライク!」


 もう一人の野盗は遠距離職の二人が距離をとった上で挟むようにしている。野盗がマーブルを目掛け突進すると、その背中に幾つもの炎弾が叩き込まれた。


 野盗は「ぎゃあ」と悲鳴を上げ、着火した上着を慌てて脱ぎ捨てると、ワンドを差し向けるファブラと向き合った。すると今度はその頭部を弓矢が掠める。


「チッ、外した」


 舌打ちをするマーブル。挟まれた野盗は行き場を失い焦りの表情を浮かべていたが、やがて意を決したように再度マーブルに向かって走り出した。


氷壁アイスウォール……!」


 おそらくは魔法の被弾を覚悟しての突撃にライアスはまずい、と思ったが、接近を逃れて走るマーブルと追う野盗の間に、突如として氷壁が出現する。放ったのはフライアではなくファブラだったようで、やはり敵と距離を保った戦いは手慣れているようだ。


 その後も幾度となく現れる氷壁に野盗たちは業を煮やしはじめた。やがてライアスと打ち合っていた野盗はバックステップすると、魔法を行使するファブラに向かって走り出した。このままではらちが明かないと思ったのだろう。


 だがライアスは慌てることなく手を掲げ、例の超電磁をその背中に向けて放つ。磁力により引き付けられた野盗はファブラへの突進を阻まれ、「ぐぁ⁉」と叫声を上げた。


 その後は呆気なかった。一人がマーブルの矢に穿たれて倒れ、戦意をくじかれたもう一人がほうほうのていで逃げはじめる。それでも、またもや現れた氷壁によろめいたところで、ライアスが追い打ちをかけてとどめを刺した。


「よーしよし、片付けたぞ。そんで、次は……?」




 快勝に気分を良くする一行だったが、その顔がサッと青ざめる。物陰から数人の野盗が現れたかと思えば、その奥でまた別の野盗が姿を現したのだ。


「おい……。これ、俺たち……」

「私たち、やばいスイッチ押しちゃったのかも……」


 次から次へと湧いて出るように野盗が増えていく。


「……あいつら全員とは戦えねえぞ。ここはちょっと……」


 逃げよう、とライアスが提案しようとしたその時。


 現れた野盗たちのその背後からいくつもの矢が飛んできた。さらには炎や風の攻撃魔法が野盗たちに襲い掛かった。


「ん? ん? 今度はなんだ?」


 野盗の悲鳴が上がる中、廃村の周囲から複数のパーティが姿を現す。


「……! 私たちと同じ冒険者よ! みんな一緒に潜んでいたみたいね」


 マーブルが説明する間にも次々と野盗が駆逐されていく。


 ライアスはメンバーと頷き合い、戦線の乱れを突くかたちで野盗の殲滅に加わった。挟み撃ちを受けた野盗はなすすべなく、次々と討たれていく。


「つまりこういうことか? 俺たちのこのパーティが《タンク役》だったってことか?」


 勝利を確信した冒険者たちの歓声の最中、ライアスは戦いながらも不満そうに言った。


「そういうことね! みんな、標的になりたくなかったから、こうやって飛び出して敵を引きつける誰かを待っていたのよ!」

「みんな揃って同じように潜伏していたわけね……」


 マーブルとファブラも揃って憮然としている。


「なんだよ、それ……それが派遣された冒険者なのかよ……!」


 不満を述べる三人をよそに、はつらつとした冒険者たちが逃げ惑う野盗を追撃する。一人、また一人と野盗を討ち取り、その度に歓声が上がった。


 入り乱れる混戦の中だったが、それも長くは続かず、逃走した数人を除いて殲滅が完了した。




「……これで全部片づけたか? 冒険者の連中、ずっと潜んでいたくせにすげえ喜んでるな」

「ほんとよ。でも、こんなことで手柄を横取りにされるわけにいかないわ。盗品よ! さっき入った家に何かあった?」


 冒険者たちを見ると既に家の捜索をはじめていた。ポカンとするライアスにフライアが声をかける。


(寝室の、棚)

「あ? あー、なんかあったな。寝室の棚かな。そこまでの経路に最近行き来していた痕跡があった」

 いかにも怪しい飾り棚の引き出しをようやく思い出す。


「ありがと! 私行ってくる!」

「あ、あ。待てよ。大丈夫か?」


 話を聞くや否やその家に飛び込む勢いで走るマーブル。心配するライアスの声などもはや聞こえていないようだった。


「なんだよ……。みんなお目当ては野盗じゃなくて盗品だったのか?」


 盗品をどうするのかは聞いていない。呆気にとられるライアスの横で、ファブラがふうとため息を吐く。


「マーブルも熱心ね。グラムに認めてもらいたいからって」

「え? グラムって?」

「まだ紹介してなかったっけ。グラムは今負傷している戦士。クリンのお兄さんよ」

「ああ、兄貴ね。それを、マーブルが?」


 ファブラはやれやれと肩をすくめてみせる。


「片思いなのよ。今回も、グラムがいない中でも頑張るって意気込んでいて。結局あなたに頼りきりになっちゃったけどね」

「ふーん、何? 片思いってグラムってほうがマーブルに気付いていないって感じの?」

「そう。それで……って出てきた……」


 はたと顔を上げるファブラ。視線の先を追うと、乱暴にドアを開けたマーブルが家から飛び出してきた。


「え? 何?」


 キョトンとするファブラと兄妹目掛けて、マーブルが突進してくる。

 何やら絶叫を上げている。


「ひいぃぃぃぃぃぃ‼‼」


 そのあまりの勢いにライアスとファブラが後ずさる。


「何? なに? えっ⁉」


 次の瞬間、マーブルの背後の家がカッと白く輝き、ドォンと派手な爆発音が鳴り響いた。

 青ざめた顔で涙目のマーブル。何が起きたか分からずに目を白黒させるライアスとファブラ。三人はそのまま、見事なまでに爆風に吹き飛ばされた。

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