第10話 タンクってどうやるの?

「来てくれてありがとう! それじゃ、キミが協力してくれるの?」


 約束の三十分後。パーティ崩れの冒険者たちの前に現れたのはライアス一人だった。


「まあな、タンクなんて言えるほどの働きはできないと思うけどな」

「いや、全然! 助かったわ! それじゃ、早速!」


 レッツゴーとばかりに手を振って歩きはじめる弓使いの女性。予定より遅れているのだろう、いかにも先を急ぎたいという感じだ。

 しかし、そんな冒険者たちをライアスが片手を上げて制する。


「いや、ちょっと待て。条件がある」

「え?」


 せかせかと後ろを振り返る冒険者たちを見やり、口を開く。


「ここに一人残ってほしい。俺たちが裏方でやってたことを引き継いでもらう」

「……あれ? さっきいた子がやってくれるんじゃないの?」


 弓使いの女性はキョトンとした顔で言った。


「あいつは一人で裏方作業を担当する資格がなくてな。また別のことをやらせることになったんだ。冒険者としての登記が済んだお前らじゃないとできない作業なんだ。こんな非常時だからな、これ以上はもう方法が思いつかない」

「あー……そういうことね」


 女性は考え込むようにしてから、後ろに控える二人の仲間へ振り返る。

 ほどなくして少年戦士が歩み出た。


「それなら、ボクがやるよ。どうせお荷物になっちゃうし、二人が一緒にミッション受けてきてよ」


 あっけらかんと戦士役を降りる少年に弓使いの女性が声を上げる。


「クリン! 何言ってるの! あなたの育成を兼ねてここに参加してるっていうのに!」


 そう叫ぶ弓使いの女性を「まあまあ」と止めるように、魔法使いの女性も声を上げる。


「で、でも、今は育成とかそんなこと言ってる場合じゃ……」


 少年戦士はこくりと頷いた。


「そうだよ。そこの剣士さんに失礼だよ」

「あんたが威張るんじゃないわよ!」


 弓使いの女性が再び声を張り上げてやいやい言い始める。

 フライアがふわりと顔を覗かせ、彼らのやり取りに不安そうな声を上げた。


(大丈夫、かな?)


 別行動のふりをしたフライアを同行させる。これがライアスの企てだ。


 兄妹が離れるわけにはいかないし、一方で対面しているのはタンクとヒーラーの二役がいないパーティだ。それならその足りない二役をこっそりこなせばいい。あとは空きになってしまう事務作業を誰かにやってもらえればなんとかなる。


 ライアスはなおも揉めている冒険者たちを眺めながらフライアに返事をした。


(元より、俺はお前しか信じてないぞ)


 やがて弓使いの女性は諦めたようにライアスのもとに戻り、呆れるような声音で言った。


「そこの、パッとしない戦士を代わりに送るわ……」

「クリンといいます!」


 そう応じる少年戦士は何故か元気そうだ。


「わかった。一緒に働いてる王都の兵士に話はしてある。すぐ行ってくれ」

「はーい」


 クリンはライアスの指示に素直に従い、駆け足で自警団本部の中へと向かった。

 弓使いの女性は呆れ顔でそれを見送ると、改めて挨拶をした。


「それじゃ、よろしく頼むわ。私はマーブル。見ての通りだけど弓使いよ。それで、後ろがメイジのファブラ。炎と氷のエレメントを扱えるわ」

「炎と氷ってことは……攻撃担当だよな」

「そうね。防御の面はお世話になるけど、頑張って後衛から支援します」

「ああ、わかった。俺はライアス。とっとと済ませようぜ」


 これで役割がはっきりとした。

 こうしてフライアを憑依させたライアス、そしてマーブルとファブラのパーティはミッションの地へと向かうこととなった。




 道中、兄妹はミッションの概要についてマーブルから説明を受けた。それは廃村を調査するという内容のミッションで、自警団の情報によるとその廃村は野盗たちがシェラタンでの略奪品を仮保管する場所だという。廃村は野盗の巣窟となっている土地から少し離れた場所にあり、今は自警団の連携により野盗の経路は断っているらしい。


「ただ、廃村にはまだ見張りの野盗が残っているかもしれないって話よ。奴らが増えることはないだろうけど、潜んでいる野盗には十分注意が必要ね」


 マーブルは滑らかな口調でそう説明したが、兄妹は初めてのパーティ戦を前に戸惑っていた。


(タンクって結局どうやって引きつけるんだ? 磁石のように敵がくっつくわけでもないし、しかも相手は伏兵の状態かもしれないって中でどうするんだ?)


 ライアスが怪訝そうに言った。なにせ戦術については本で少し学んだだけだ。兄妹以外で一緒に戦うということ自体に慣れていない。


(聞いてみたほうがいいんじゃない?)

(うーん、どう聞いたものか……)


 例えば、そもそものメンバーはどう立ち回っていたのだろう。


「なあ、マーブル。その、いま負傷してる人はタンクって役をどうこなしてたんだ?」


 するとマーブルはニコリと笑い、タンクについてすらすらと説明をはじめた。


「うーん、そうね。タンクは敵の注意を引きつけることが役目だから、まず戦いが始まったらタンク役のキミと私たちでちょっと距離を取らせてもらうわ。キミにはとにかく、敵と面と向かって相手をしておいてほしいの。立ち位置はあまり気にしなくていいわ。こっちが動いて、キミが対応できない相手を優先して私たちが叩く」


 その説明にライアスが顎に手を当てる。


「ん? それだと、普段狩るパンサー相手と大差ない気がするけど、それでいいのか? 相手は野盗で、潜んでいるかもしれないんだろ?」

「そうね。だから私たちが背後を取られないように、しっかり各個撃破しなきゃね。廃村に入ってもいきなり中心地には行かずに死角はひとつひとつ調べること、これはミッションの指示書にも載っているわ」

「それは、要するに『気をつけよう』ってことか?」


 随分ざっくりしている気もするが、そんなものなのだろうか。


「そう、そのあたりは冒険者として心得るリスクよね。最低限、自分の身は自分で守るってこと」


 マーブルはあっけらかんと返答した。横で話を聞いていたファブラがそれに続く。


「そのくらいは私たちだってやるわ。心配してくれてありがとう」


 マーブルとファブラはライアスの疑問を気遣いと捉えたのか、礼を言って微笑んだ。それから軽快な足取りでどんどん先に進み、やや遅れたライアスに「早く早く」と手を振ってみせる。

 そんな二人を追いかけながら、漠然とした不安に首を傾げる。


(……考えすぎか? とりあえず近接で殴り合えるやつならタンクになれるのか?)


 フライアがそれにむうと唸るように言った。


(だめな気がする……)

(俺が野盗だったら弱そうなやつから襲っていくと思うけどな。近接担当と遠距離担当が距離を取ったらそりゃあ、遠距離担当の懐に飛び込むだろうよ)


 ライアスはしれっと、意地悪な戦法を言ってのけた。

 なにしろそれは、自分とマーブルやファブラの格好を見ればすぐに見当がつく。金属の胸当てのある革鎧と着たライアスと動きやすさ重視の革鎧のマーブル、そしてローブ姿のファブラ。


 面と向かって相手をするといっても、野盗がマーブルたちのもとに走れば対応しきれない。壁役といっても敵に無視されては意味がないのだ。

 呆気なく戦線崩壊する様が目に浮かび、フライアが不安そうに目をぱちぱちとさせる。


(うぅ……)

(なーんかやっぱり敵を引きつける何かが欲しくなるだろうよ。磁石みたいなさぁ)


 その言葉にフライアは「ん?」と一瞬考えるようにしてから、ハッと声を上げた。


(それ、お兄ちゃんのエレメントじゃない?)

(お?)


 ライアスは雷属性のエレメントを持っている。そして雷には磁力を発生させる力がある。

 今まで剣を扱ってばかりで魔法はフライアに任せていたため、自身のエレメントにまで頭が回っていなかった。


(そっか、雷。それを使って磁石のように、か。やってみるか?)


 実際のところ、エレメントにどれほどの可能性があるかは兄妹にもわかっていない。どれほど自分たちが扱えるかも試行錯誤だ。

 それでも、タンクを頼まれた以上はやれるだけのことをやってみるしかない。


「ライアスー! はやくー!」


 あれこれと考えをめぐらせていたせいで、ふと気付けばマーブルたちの姿が小さくなっていた。


 ライアスは「よし」と呟くと、先を行く臨時パーティのメンバーのもとへと走った。

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