第9話 突然のパーティ依頼
案内役としての任務はしばらく続いた。
日々、自警団を訪れる人々の登録作業を行っていく。剣を振ることなどない地味な作業の連続だったが、兄妹で一緒に作業にあたれるのはありがたいことだった。
その日もライアスとフライアは裏方として事務作業を行っていた。
「そんなことを言われてもな……」
困ったような声を上げるのは、案内役として直接話を聞く役割の団員だ。兄妹は裏方としてひとつ奥の部屋で作業を進めている。
その団員はウォルフと同様に王都から派遣されてきた王都兵で、ウォルフと比べると幾分物腰の柔らかい人物だった。だが、やがて吐き捨てたように指示する声が聞こえた。
「では貴殿らには別の役目を与える。これなら並の冒険者を名乗る者たちならできることだ。これ以上の譲歩はない。早く行け!」
そんな王都兵の声を意識の外で聞きながら、ライアスとフライアは事務作業に没頭していた。
やがて面談を終えた王都兵が、ふうとため息を吐きながら顔を覗かせた。
「どうだ、そっちは問題ないか?」
ライアスが作業を続けながら応じる。
「ああ、特には何も」
「そうか。表は一旦受付を中断して俺は昼休みに入る。その分早く再開するから、お前たちも適当なタイミングで休憩を取れ」
「わかった」
返事をすると王都兵は大きく伸びをして部屋を出て行った。
その姿を見送りライアスも作業の手を止める。ちょうどキリもよかったため、二人も休憩を取ることにした。
「さて、昼飯は」
そう言ってチラリと横を見る。食事は基本的にいつもフライアが用意しているのだ。
するとフライアは、はたと顔を上げた。
「えーと……外」
「え?」
外、という言葉にライアスがキョトンとする。
「あれ……? うろ覚えだけど朝作ってなかったっけ?」
「うん……。作って、そのまま鞄に入れたまま……」
その意味を考えて数秒後、ライアスはあっ、と額に手をやった。
「鞄って……! ベベルさんのとこか!」
このところ兄妹は荷物をベベルの店に預けさせてもらっている。
家に置いておくのはまだまだ野盗のことが心配だし、かといって本部に持ち込むにはかさばる量の荷物だ。鞄ごとベベルに預け、必要最低限の物のみ携帯していたのだが、今日は昼食を鞄に忘れてきてしまったらしい。
「そうなのかよ……じゃあ別のとこで食べるか、取りに行くかって話だな」
「ごめんなさい……」
消え入るような声でフライアが呟く。仕方がないので兄妹はひとまず外に出ることにした。
「はあーあ……」
室内での事務作業から外に出ると日差しがいっそう眩しい。軽く伸びをして体をほぐし、街の中心地に向かおうとしたところ、だった。
朗らかな女性の声が耳に入ってくる。
「おーい! ちょっと~、そこのおふたりさ~ん!」
「ん?」
ライアスが振り向くと、長弓を背負った女性がこちらに向かってブンブン手を振っていた。その両脇にはローブに三角帽子の女性、それに剣鞘を携えた少年の姿が見える。
兄妹が足を止めると、冒険者らしいなりをした三人は揃って駆け寄ってきた。
(……? なんか嫌な予感が……)
そう心で呟くライアスの目の前に到着した長弓の女性が、ニコリと笑って「あのー」と切り出す。
「自警団の方ですよね? ちょっと相談したいんですが」
兄妹と同年代だろうか。少し派手で目立つ赤い胸当てに、下は革のスカートを身に着けている。
目鼻立ちのはっきりした快活な少女という感じだ。
「んー……なんだよ。今は昼休みの時間だし、できることは少ないと思うけど?」
ライアスはいかにも気が乗らないというオーラを発した。ろくでもない予感をひしひしと感じる。
すると女性は唐突に膝をつき、祈るように手を合わせると縋るような目でライアスを見つめた。
「お願いします! どちらかひとり! 一人だけ、今日だけでいいので私たちのパーティに加わってください!」
「……え?」
兄妹はあっけにとられ、顔を見合わせた。
「さっき意地悪な兵士さんにちょっと厄介な任務を頼まれちゃったんです! 普段なら問題ないんですけど、たまたまパーティに欠員が出てしまいまして……。タンクでも、ヒーラーでも、どっちでもいいので、ロールをお願いしたいんです!」
「ん、ん、ん? ろ、ロール? 巻く……?」
頭上にクエスチョンマークを浮かべるライアスに対し、フライアがきっとして心の声を飛ばす。
(役割っ!)
ロールとはパーティにおける役割のことだ。パーティメンバーは、攻撃役に盾役、回復役と役を分担して戦うのが基本となる。
兄妹はそれを自警団本部の戦術本で知りはしたが、それぞれの細かな役割までは完全に覚えてはいない。
女性が言うような役割をこなせるわけもないし、そもそも「どちらか一人」という要望の時点で、兄妹が受け入れられる話ではなかった。
「そいつは……無理だな。俺たちも与えられた仕事があるんでな」
女性は「そんなっ」と言ってライアスの腰に縋りついた。
「ひとり! 一人でいいんですっ!」
ライアスとフライアは困惑した。自分たちが《独りの兄妹》であることは伝えようがない。「二人で一人の人間なので無理です」などと言ったところで納得してもらえるはずがないのだ。
(参ったな。登録作業も実際のところ、繰り返しの暗記作業があるから俺一人だと全然捗らないんだよな。最悪同行するとしたら俺なんだろうけど)
(そもそも私、傭兵登録してない)
(そうなんだよな……)
直接声には出さずに相談する兄妹、傍から見ればただ困り果てているだけの二人を見て、女性は嘆くように声を上げた。
「そ、そんな無理な話~? そんな困ること? この午後だけ付き合ってくれればいいんだけど~?」
ライアスがため息を吐く。
「……そんなに困ることだ。俺たちだって勝手に動けないし、一人じゃ終わらない作業なんだ」
言い訳を並べてなんとかしのぐ。実際は理性が分かれた二人ゆえになかなか要領を得ないことが理由だが、嘘はついていない。
だが、女性はなおも食い下がる。
「ほんとですか? 今日ってあんまり冒険者パーティここに来てなかったと思うんだけどなあ」
「なっ……。それ以外にもやることはあるんだ」
内心どきりとしながらもライアスは言い返す。
「自警団で頼まれたことをやるためにここに来てるだけだ。いきなり戦いに行けって言われてもその準備なんてできていない」
「うーん、そうだと思うんですけどぉ、私たちだってまだひとつのロールをこなすことしか慣れてなくって……」
「そんなロールロールって言われてもなぁ……」
見つめてくる女性に対してライアスは視線を外して耐える。フライアも、そっと半歩下がって兄の背に隠れて諦めてくれることを待った。
だが、ふと「ん?」と呟いたライアスが違和感を覚えた。
「ちょっと待った。お前さっき、タンクでもヒーラーでもいいって言ったよな?」
タンクとは敵の攻撃を一挙に引き受け、他のメンバーを自由に戦わせる役だ。防御に特化し、パーティを守る要だ。そして、魔法やアイテムを用いてタンクを中心としたパーティの回復や補助を担うのがヒーラー、またはメンターと呼ばれている。そして、タンクが敵を引き付けている間に武器で攻めるのがアタッカーで魔法で勝負するのがメイジと呼ばれる。
ライアスは改めて冒険者三人の身なりを確認してみる。
拝むように頼み込んでいる女性は弓使い、その後ろに控えるローブの女性はワンドを持った魔法使い、もう一人の大人しそうな少年は剣を扱う戦士だろう。そして、前衛を担うであろう少年戦士はいかにも新人といういで立ちだ。
そのパーティ構成に兄妹は思わずゾッとした。
「……まさかと思うが、お前ら、このパーティにはタンクもヒーラーもいないのか?」
すると弓使いの女性は「ご名答」とばかりに人差し指を立てた。
「そういうこと! タンクしながら回復もできる仲間が負傷しちゃって今はアタッカーしかいないの!」
「ボ、ボクの兄さんがその役で、ボクも見習いで来たんだけど、倒れちゃって……」
フライアがガクッと項垂れて額に手を当てる。盾役も回復役もいない上に前衛を務めるアタッカーが見習いではどうしようもない。
ライアスは真顔のまま言葉を返した。
「機能してねえじゃねえかよ。何のためのパーティなんだよ!」
「だから折り入っての頼みなんだってば~! 二人は流石に無理だから、せめて一人いればって話なの!」
「蜂の巣にされる上で回復も自前ってか? 踏んだり蹴ったりじゃねえか。そんなの負傷するのが明白だろ」
しかし弓使いの女性はなおもライアス向けて「お願い!」と両手を合わせた。八の字に眉を下げて瞳をうるうるさせている。
「も、もう! おっしゃる通りなの! 私たちも知恵が浅かったわ! それでも、ミッションはこなさなきゃいけないから、だから、お願いっ!」
「しょうがねえやつらだな……」
ライアスが言うと、フライアは困惑するように眉をひそめた。
(他に、方法無いの?)
(うーん……うっかりどっちもできる可能性を示しちまったのがまずかったな)
冒険者たちに聞こえないよう直に会話をしながら知恵を絞る。
フライアは傭兵登録をしていないし、それに兄妹が離れるわけにはいかない。もちろん事務作業をほっぽり出すわけにもいかない。しかし冒険者たちは引き下がるつもりがなさそうだ。
ライアスはやれやれと頭をかいた。
「じゃあ、聞くけど。どんな形でもミッションが達成できればそれでいいんだな?」
「え、まあ今回はね」
「わかったよ、ちょっと考えさせろ。今昼休みだ。飯だけ行かせろ。三十分くらいしたらまた戻ってくるから」
その言葉を聞いた弓使いの女性は途端に目を輝かせた。
「ええ、三十分後。約束ね!」
「あと、お前らは全員冒険者の名簿に登録してるんだよな?」
「してるわ! 大丈夫」
「わかった」
そうしてようやく解放された兄妹は急ぎ足で街の中心部へと向かう。
少し離れたところでフライアが「はあ」とため息を吐く。
「それで、どうするの?」
「どうって、俺たちは一緒じゃなきゃいけなくて、でも曲がりなりにもタンクとヒーラーが必要なわけで。それであいつらは名簿の登記は済んでいる、と。なら、もう方法はひとつしかないだろ?」
「それは……?」
時間が迫り、結局ベベルの店まで戻る余裕はなくなった。兄妹は歩きながら作戦を話し合い、急ぎ昼食を済ませるために最寄りの喫茶店に入る。
――ライアスの考えた作戦は、《独りの兄妹》ならではの手段を用いたものだった。
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