第8話 ウォルフの教え
翌日。自警団の本部を訪れると、ウォルフの他にもう一人、案内役らしい団員の男がいた。
ライアスの顔を見てウォルフがへッ、とどこか嬉しそうに笑う。
「お、来たか」
そしてチラリとフライアに視線を送り「そっちが妹ってか」と言い、兄妹にこっちへ来いと手招きした。
「いい年にもなって随分仲のいいこった。じゃ、今日は俺の自警団案内の補佐に回ってもらう。安心しろ。お偉いさんの命令でこの役は王都から派遣された兵士と傭兵で回せって言われているんだ。今はお前らだけに仕事が丸投げされることはない」
そう説明すると、何やら指示を出し、もう一人の団員を外出させた。
「たぶん、しばらくは俺と今外へ出たあいつと交代でやりくりする。お前らもここの番を頼んだ時は俺たちと一緒にやってもらうことになる」
ライアスが頷く。
「ああ、わかった。それなら正直、助かるな」
「よし、ちょっと後ろに控えててくれ。なんでも、また王都から追加の派遣部隊が来るそうだ。そいつらもまたここで登録を行う。書類を書くだけのつまらない作業がまとまった数で来るってわけだ。だから人手が欲しかったんだ。どうやらまた、お前らに輪をかけてアクの強い奴らが多いみたいだぜ」
ライアスは今度は首を傾げた。
「俺たち? アクが強いだって?」
ウォルフは苦笑いを浮かべた。
「ああ。俺から見れば、な」
それから説明にあった派遣部隊はほどなくしてやってきた。
兄妹が想像するような王都直属の兵士ではなく、ウォルフのように傭兵として派遣された人間らしく、三人から五人のメンバーでパーティを組んでいた。
ウォルフが彼らとやり取りをする間、後ろに控えたライアスとフライアが登録処理を行っていく。来訪したのは計五組の傭兵団。当然ながら会話の一部始終を聞くことになったのだが、その内容は兄妹にとっては刺々しくツラいものだった。
「あの、わたし……暗闇が苦手なので昼限定にしてもらえます?」
「おい、そんなくだらないことをやらせるのかよ! 俺はこれから勇者になる男なんだぞ!」
「私たちは五人で一組なの! 勝手に分散させないでくれる⁉」
「さっさと野盗どもの討伐をさせてくれよ。俺たち、王都の試験に余裕で受かってんだぞ!」
次々と降りかかる文句や要求を、ウォルフは淡々といなした。ただ「やるのか、やらないのか」という選択肢だけを突きつけていく。
当然ながら口論になり、ひと組は辞退を申し入れると下品な捨て台詞を残して去ってしまった。
そんなこんなで一通りの案内が終わり、ウォルフと兄妹はやっとひと息ついた。
「……ったく。こんな連中がまた午後にもやってくる。少し休憩するぞ」
「お疲れさん……」
ライアスはげんなりしながらそう言った。フライアはそろそろとお茶の用意をする。
「はぁ~、ったく。王都も面倒なことばかり押し付けてくれやがるぜ。で、聞いてただろ? どうだった?」
フライアが淹れてくれた茶を手に背もたれに身体を沈ませたウォルフが二人に問いかけた。
「なんか、随分と注文が多いんだな。なんだっけか? パーティとかって集団で、タンクだとか、ヒーラーだとか。作戦とか陣形みたいなものだってのはわかったけど、『お前ら、ここであれこれ選べる余裕なんかねえだろ』って、そんなふうに思ったな」
そう答えたライアスに同調するようにフライアもうんうんと首を振る。
「そうだろ? あいつらはいわゆる『冒険者』ってやつだ。王都に行けばあのくらいの
ウォルフはやれやれと肩をすくめた。
「東西の大陸の大戦争が始まるんじゃないかって噂も上がってるんだ。誰もが、じっとしていられない、自分の身は自分で守るって流れが各地で起こりはじめている。その流れを汲み取るのが一番遅いのが王都アウストラリスとこのシェラタンだ。パーティを組んでやってきたあいつらは、まぁ言っちまえば体裁だけ整えたド素人の集まりだ」
すらすらと出る説明にライアスが興味を持ちはじめる。
「なんでそこまでウォルフはわかるんだ?」
「え? そりゃあ、それなりの数を見ればある程度はわかってくるさ。まずは装備だな。前衛を担当する戦士の鎧に傷ひとつ付いてなかったら、そりゃあまともな戦をしてこなかったことくらいはわかる。で、実力の有無を聞きながらわからないところをさっきの面談で聞いていた。すると痛いとこを突かれたんだか、ひと組は啖呵を切って出ていっちまった」
なるほど、と再び感心する。
ただ、シェラタンにいた兄妹にとって意外に思うところもあった。
「王都でも遅れてるのか。この都より随分栄えていると思ってたんだけどな」
栄えた都ならば、その情報力も大陸の最先端をいくのかと思っていた。
「へっ、ここにいたらそういう錯覚をするかもな。井戸の中の蛙ってやつだ。それに、世界の流れが変わってきたからって一人一人が変われるかって言ったらそれは別問題だ。……話している限りじゃ、お前らはまだ俺が他の兵士や傭兵と同じように見えているかもしれないが、俺はそうありたくないんだ」
図星を突かれた兄妹は思わず視線をそらした。
ウォルフを信用できそうな人間だと思いはしたが、王都の人間という括りはどうしてもついてまわっていたからだ。
「そう思ってた。勘違いをしてたんだな」
ライアスは素直にそう応じた。ウォルフが小さく息を吐く。
「自分自身が強くならないとな。勘違いする奴の中には冒険者のパーティに入れたとか、王都の傭兵試験に受かったとか言って喜んでいる連中もいるが、俺に言わせればだから何だって話だ。中には現実を見て本気でのし上がっていく奴もいるが、さっきの連中はそんなくだらない考えのやつばっかりだった」
その言葉にライアスはふと言いようのない不安を覚えた。
自分は、自分たち兄妹はどうなのだろうか。少なくとも世界のことは、まだ何も知らない。
「……自分自身、か。」
「と、まあ、こんなことになるだろうと大体予想してたからこのシェラタンにだけは来たくなかった。でもな、こうでもキツく言わねえと誰も気付かねえだろうと思ってさ。お前には愚痴も兼ねてちょっと話してみた」
ライアスはウォルフの顔を正面から見据えた。
「うん……ありがとうな」
その言葉は、自分自身の在り方という大切なことに気付かせてくれた、そのお礼だ。
思いがけない返答にウォルフはやや戸惑ったようだった。ばつが悪そうに苦笑して、誤魔化すように頭をかく。
「……いいんだけどさ、そこまで素直だと逆に調子が狂うぞ、ライアス。あと、その編成とか役割のことを知りたかったらそこの棚にいくつか本があるだろ? そのくらいは自分で調べろ。……そんじゃ、俺は先に表に戻るぞ」
照れくさいのか、ウォルフはやや慌てるように休憩室を出ていった。
「……図らずも、嬉しいこといってくれるな。ウォルフ」
ライアスがしみじみと呟く。
「ね。自分自身って」
「ああ、自分自身が強くならなきゃ、か」
兄妹は何とも不思議な充足感を覚えた。それからお茶を飲み終わった器を片付けて、事務作業に戻った。
ちょっとした刺激を受けたのか、この日以来兄妹は作業の合間に時間を見つけてはパーティの戦術などが記された本を読むようになった。
ライアスとフライアは交代しながら、少しずつ、少しずつ知識を取り込んだ。草原でモンスターを追い、それをベベルに納品する日々を過ごした兄妹にはそのどれもが新鮮だ。そして、ベベルが言っていた《広い世界》にウォルフが言った《自分自身》。
何気ないその言葉たちが頭の中でぶつかり合い、変わりゆく日常に心許なさを感じはじめてもいた。
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