第7話 報酬に込められた温もり
自警団本部の入口。
ライアスは外へ出ると周囲を窺いながら物陰に入った。
人がいないことを確認すると、フライアは憑依を解いて姿を現す。何とはなく兄妹で頷き合い、そういえばと報酬の袋を持ち上げる。
灯りが届く場所へ戻るとライアスが革袋の口を広げ、フライアがその枚数を数え始める。
「これで報酬二人分か。……自警団ってそんなもんか」
「いち、にぃ、さん……。うーん、一週間くらいはなんとか」
それは兄妹の生活費としての勘定だが、これまでのようにギリギリまで工面した場合の話だ。食材を節約しつつ自炊、買いものは必要最低限。そうしてどうにか一週間分。
「んー……。いつもはこの半分ってことだろ? これだけで食っていけるってわけでもなさそうだな」
「帰ったらまた皮をなめさなきゃ」
そんなことを話しながら自宅へと向かう。
すると都の中心地に出ようかというところで、不意に熟年の男が声をかけてきた。
「おお、お前さん、無事だったかい」
どことなく見覚えのある顔。
「ん? ああ、ええと……?」
「馬主さん!」
思い迷うライアスに代わり、声を上げたのはフライアだ。
男性は一瞬「おや?」という顔をしたが、すぐにニッコリと笑って白い歯を見せた。
「はは、ここまで帰ってきたところを見れてよかった。大したもんだ。熟練の戦士だったらあのくらいどうってことないとは思うが、本部のやつに話を聞いたら初めての新人だっていうじゃないか」
御者の男だと思い出したライアスは、ぽりぽりと頭をかいた。
「ああ、まあね。あんたを送り出してからちょっと緊張はしてた」
「そうかい、ワシも決して安全じゃないところを日々往復しておる。今回みたいにろくでもねえ奴が護衛になったりするんだ。護衛が二人だって言われたときには嫌な予感がしたが、お前さんがいい仕事をしてくれて助かったよ。こんなもんしかねえが、こいつは礼だ」
そう言うと男性は鞄から透明の瓶を取り出した。瓶の中には黄緑色の液体がたっぷり入れられている。
「この色は……? ポーション? ミドルポーション? それ以上のやつ?」
「おや、クエスタミンを知らないかい? クエストで蓄積した疲労を取ってくれる回復剤だよ。疲労がたまればお前さんだって戦い続けるのは困難だろうさ。そういう時に飲むんだ」
ライアスは受け取った瓶をしげしげと眺めながら、お礼を言った。
「そうか、そいつは助かる」
「おう、しばらくはワシも街とベースキャンプを往復するからな。まだ護衛を頼むことがあるかもな」
「ああ。まあ、できるだけの準備はしておくよ」
男性はそこでニコニコした顔をフライアに向けた。
「うむ。で、そっちのかわいこちゃんは? ワシを覚えていてくれたようだが、いつか会ったかな?」
「……あっ」
フライアはぼっと顔を赤らめた。任務中はずっと憑依していたことに今更気が付く。男性からすれば初対面なのに、さっきは迂闊にも声をかけてしまった。
真っ赤な顔のままおどけるように笑い、ライアスの背後に隠れる。
「あー……ええと、妹はここで留守番してたし、雰囲気から何となくわかったんだろ」
「ふふ、なるほど。兄妹だったか。兄として妹ちゃんをちゃんと守ってあげるのだぞ」
「あ、ああ」
ライアスが澄ました顔でごまかした。
すると男性はいいね、と言うように人差し指を立てた。
別れを告げて去っていく男性の背中を見送り、兄妹はまた歩き出した。
王都からの増援のおかげか街は平穏で、今日は野盗による騒ぎもない。ちょうど蓄えも尽きていたし報酬もあったので、兄妹は食料の買い出しに都の市場へ立ち寄った。
買い物を済ませて自宅のある平原を歩く頃には日が暮れて、橙色の夕陽が草花を染めていた。
シェラタンならではの閑やかな光景を眺めながら、ライアスはぽつりと呟いた。
「……治安が良くなるなら、ちゃんと自警団に入っていくのもいいかもな。王都から来る奴らはまだ信用できないけど」
フライアもこくりと頷く。
「そうね。でも、ウォルフさんは」
「あいつは、思ったより嫌な奴じゃなかったな。最初はなんだこいつ? って思ったけど」
「心配してくれたの、嬉しかったね」
「……そうだな。労ってくれたのは、ちょっと意外だった。それに学ばせてもくれるらしいし」
兄妹はぽつり、ぽつりと会話をしながら、変わりはじめた日常に思いをめぐらせていた。
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