第6話 戦うことの意味

 ようやく本部前にたどり着くと、何やら騒がしい声がして、出入口から弾き飛ばされるように出てきた男が尻餅をついた。


「……ん?」


 見覚えのある顔。それもついさっき見たばかりの顔だ。


「すいません、すいませんって、もう、勘弁してくださいって……」


 さっきまでの鎧を身に着けておらずすぐには気付けなかったが、どうやら記者志望のあの気弱な王都兵らしい。

 後ずさるその男を追い立てるように、ズンズン歩くウォルフが本部から出てきた。


「あーったく! この恥さらしがっ! もうそのツラ二度と見せんじゃねえぞ!」

「はいーっ!」


 記者志望の男は背中を丸めて逃げ去っていった。

 おそらくは護衛をまともにこなさなかったことを見透かされ、ウォルフに叩き出されてしまったのだろう。


(……ああ、やっぱり)

「いやまあ、当然の報いじゃねえか?」


 怒りの顔で息を荒げていたウォルフだが、ふとライアスの存在に気付くとその表情が少し緩んだ。


「……ああ、無事だったか。よかったぜ。あんな無能野郎のせいでお前のほうが犠牲になってたらかなわねえからな」


 そう言って盛大なため息を吐く。


「ああ、なんとか戻ってこれた。」

「お前が守った馬車は無事に着いた。物資も無事だ。使いが感謝してたぞ」

「そりゃよかった」


 つっけんどんながらその表情に安堵が浮かんだウォルフはライアスについてくるようにと手招きをした。それに従って歩を進めると、登録手続きをした部屋とは別の個室に案内された。




 奥に置いてある椅子に腰掛けたウォルフは、部屋の入口で立ち止まっていたライアスに来るよう手招きした。それから机の引き出しから出した鍵を手に取り、箱状の容器から小さな革袋を取り出した。


「ま、これが一回目だから完全に信用したわけじゃないが、思ったよりいい戦力になりそうな奴でよかった。また明日以降に仕事を振らせてもらう。こいつは報酬、さっきの野郎の分も合わせてお前に渡しとく」


 革袋が差し出され、ジャラリと音が鳴った。


「いいのか?」

「とっとけ。どうせあいつは戻ってこねえだろうし。あと、明日も来るんだろ? 明日はまた別のことをしてもらうつもりだ」


 ライアスはグイッと突き出された革袋をおずおずと受け取ると、質問をした。


「別のことって、なんだ?」

「安心しろ、今度はもっと安全なことを俺とやってもらう。俺が今やってる自警団の案内の仕事だ」


 その説明にフライアがうっと息をつめる。


(あぁ、苦手なこと……)


 二人で一人分の理性、つまりは認識や判断をする能力が半々の兄妹にとって、接客対応は鬼門だ。普段まともな会話をしているのはベベルと彼女の知り合いくらいだ。


「……それは、いろんな奴とうまく会話できる能力が必要か?」


 苦々しそうに言うライアスに、ウォルフは首を傾げた。


「は? そんなもん必要ねえよ。俺だって……見りゃわかるだろ? 傭兵としてただ戦いたいだけなのにこんな後衛に回されて腰にずっと剣を収めたままだ」


 なおも黙り込むライアスに、グイッと顔が近付けられる。


「それに、そもそも自警団に入るってことはな! 野盗の連中と戦うことを意味してるってことだぞ? まるで客のように接してやる必要なんてないだろ? 下手すりゃ殺されたこともわからないまま死ぬかもしれねえって、そういう恐怖も植え付けてやらねえと。それこそさっきのような武器も持ったことがないような無能野郎たちで組織が構成されるようになるぞ」


 ライアスは目をぱちくりさせた。その頭上でフライアがなるほど、と頷く。


「……悪い、その通りかもな」


 ウォルフはふうと小さく息を吐いた。


「お前もそういうところが本当に鈍感だな。もっとも、お前だけじゃない。この都も、王都も、揃って平和ボケしてやがる。だからよ、明日は俺と同じ立場からこの自警団の姿を見せてやる。お前もそれで少し意識を変えていくといい」


 兄妹が揃ってこくこくとさらに頷く。いい加減で大雑把なようで、この男の言うことは道理にかなっているように思えた。


 ここは対人関係を気にしながら丁寧に接客するような場所ではない。命をかけて野蛮な賊と相対する、戦いの場。一人一人に覚悟と責任が試されているのだ。

 ウォルフへの印象が変わりはじめたフライアだったが、憑依中のためそれが彼に伝わることはない。


 妹の代わりにライアスが口を開いた。


「なるほど、な。……教えてくれるんだよな?」


 ウォルフと一緒ならまだ安心だし、兄妹にとっては人と触れ合ういい機会かもしれない。


「ま、お前が学ぼうとするならな。今日は以上、ご苦労だった」

「あ、あ、ちょっと待った。明日……」

「ん?」


 さっさと立ち去ろうとするウォルフを引き留める。今回はどこへ行かされるのかわからなかったが、次は決まっている。それなら無理に隠し続けている必要もない。


「妹を手伝わせに来させてもいいか?」


 情けない質問に聞こえたのか、それを聞いたウォルフはがくっと頭を下げた。


「はぁ……おめえもつくづくおかしな奴だな。そういうことも一人で。あー……いや、でも明日だったら人がいたほうがいいかもしれないな。お前が責任もって、妹の分タダ働きでいいってんなら構わねえぞ」


 ウォルフは半ば呆れたようだが、条件付けで許可してくれた。

 タダ働きとは残念だが、どちらにしたって兄妹が別々に稼いでこれるわけではない。


「……わかった。そうさせてもらう」


 そう伝えるとウォルフはさっさと出ていってしまった。施設の奥にある広間へと向かう。今日起こった事柄を報告する作業があるのだろう。


 ライアスは、妹との仕事を承諾してくれたことに感謝しつつ部屋を後にした。ウォルフなりに何か配慮をしてくれたような、そういう気がした。

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