第5話 早くも実地試験

 補給部隊の護衛は兄妹以外に三人の王都兵がいた。


 フライアを憑依させたライアスは、王都兵たちと共に補給部隊の馬車を囲みベースキャンプまで同行した。道中、何度かモンスターに遭遇するも難なく切り抜けた。よく見る弱いモンスターで数も少なかったため、王都兵が一人か二人対応するだけで済んでしまう。


 少しして、兵士たちが周囲を警戒してから馬車を引く御者に合図を送る。寡黙だがその様子からしてしっかりと訓練を受けた熟練者のようだ。

 

(誰と組むかも言われてなかったけど、安心した)


 はじめての集団行動となるが、兄妹の間でも軽く警戒を解いた。結局ライアスが武器を振るうことはなく、無事ベースキャンプに到着した。


 護衛任務は往路だけではなく復路も含まれる。指示通り待機していたライアスの前に、荷造りを終えた馬車と共に兵士が現れた。


「馬車の準備ができた。これを本部まで護衛してほしい」


 何が積まれているかは分からないが、馬車にはそれなりの荷物が載せられていた。


「ずいぶんと荷台に載ってるみたいだけど、何だ?」


 ライアスの素朴な疑問に兵士が応じる。


「ここで使い古した武器と防具、あとは野盗どもからの押収品だ。手を触れるんじゃないぞ。物色したらお前も野盗と同罪だからな」


 純粋に気になっただけなのに、いとも簡単に警告をかけられてライアスは肩をすくめた。


「はい、はい」

「返事は一度で結構。それと、帰りは護衛二人で行ってもらう」


 二人、という言葉に思わず首を傾げる。


「ん? あ、ああ。俺と、もう一人?」


 フライアが憑依しているのを知っているはずもないので、自分たち以外にもう一人王都兵がつくということだろう。


「そうだ。他二名は進行中の作戦部隊に回す。待っていると日が暮れてしまう。暗くなる前に都まで戻るんだ」


 横柄な口調にフライアがムッとする。


(……なんか、急ね)

(こう言われちまうと断りにくいよな。行きは見慣れたモンスターばっかりだったから、帰りもあれくらいなら問題ないけど)


 やや不安もあったが、同じ道を引き返すだけならと妥協する。往路を考えれば自分たちと王都兵がもう一人いれば問題はないだろう。


 まだ防衛するための物資が十分に行き届いていないベースキャンプ。人々が騒がしく動き回る中、兄妹はまだ戻ってきていない馬主を待った。




 ライアスと一人の王都兵、それに馬車を扱って走らせる御者が一人。ベースキャンプを離れ、今度は来た道通りに街へと引き返していく。

 殺風景な街道を進みながら、ライアスは憑依したフライアと会話をしていた。直の会話であれば周囲の人間に聞かれることもない。


(このあたり、民家も少ないのね)

(そうだな。こっちの方はほとんど来たことないが。家はあるって言っても、住んでなさそうだよな)

(野盗のせい?)

(かもな。俺たちのいる南側より手荒にやられてるのかもな)


 気付けばベースキャンプと都の中間地点辺りにまで進んで来ていた。後もう半分行けば初の任務も完了となる。


「いやあ、この辺って、人気ひとけがないとこなんですね……」


 不意に王都兵が声を発した。


「……あ? なに?」


 フライアと会話していたライアスは思いがけず話しかけられ、いささか面食らった。


「ええ、行きは一緒にいてくださった先輩達もいなくなって、ちょっと心細いですよねぇ」

「え……?」


 弱々しい王都兵の声音にギョッとする。


(びびってるのか、こいつ?)

(王都兵なのに?)


 ライアスの疑問にフライアも続く。


 ライアスは今日登録したばかりの新米だ。これが初任務であり、本来ならまだサポートを受ける立場だろう。

 頼りの王都兵が気弱では困る。


「な、なんだよ。王都から来たんだろ? 野盗相手に戦うためにここに来たんだろ?」

「え、ええ、そうなんですけど。でも、実は全然こういう戦うっていうのをやったことなくて。僕、記者志望の学生なんです」


 その言葉に兄妹はポカンとした。


「……は?」

(……は?)


 王都兵がポリポリと頬をかく。


「えへへ、まーちょっと変な成り行きで、今こうして兵隊っぽくなってるんですが、はい」

(はい、じゃない……!)


 思わずフライアが突っ込みを入れる。ライアスはにわかに不安になった。


「おい、話が違うぞ? 俺たち、この馬車を護衛してるんだぞ? しかも今この二人で、だ。王都の兵士を当てにしてるっていうのに、何を言いやがるんだ?」

「え、ええ。そうなんですよね。僕もちょっと怖かったんですが、あのー、まぁ、あなた強そうだから大丈夫かなぁと思ってまして……」


 憑依しているフライアの顔がさっと青ざめた。


(当てにされてた……)


 ライアスが王都兵に詰め寄る。


「おめえ、誰が大丈夫なんて言った? 俺からすりゃあ、お前ら似たような甲冑着てんだぞ? 全員同じような戦力があるって思うだろうが」

「す、すいません。僕も、い、言うべきでした! すいません! あ、あの……今からでも戻りますか?」

「今更戻れると本気で思ってんのか、お前は?」

「で、ですよねぇ。じゃあ、あとは野盗に襲われないことを祈るくらいしか……」

「何言ってんだよ。蹴散らせよ! 腐っても兵士だろ。剣まで持ってるってのに」


 そのとき、押し問答をする二人に突如声が掛けられた。


「おい! 護衛ら! 前にたむろしてるモンスターを追い払ってくれ!」


 ドキリとして御者が指差す方を見る。

 すると、しなやかな体つきの獣がこちらを警戒するように毛を逆立てていた。この辺りではよく見かける小型のパンサーだ。


 素材集めでよく相手にしてきたモンスターであることに兄妹はホッとする。


「よし、こういう時の護衛だな」

(援護するね)


 そっと妹からも声を受け、ライアスは王都兵に声掛けして剣を構えた。




 一体のパンサーが咆哮をあげて飛び掛かってくる。馬車に被害が及ばないようにと前へ飛び出したライアスが、襲い来る獣に剣を打ち下ろした。

 そのまま群れの中に走り、続けざまに二体。残るもう一体がライアスの死角に回ったが、そこに氷弾が撃ち込まれる。


(よしっ、ナイス!)


 氷が弾ける音聞きながら、ライアスは正面にいるパンサーたちを斬り払ったところで、彼らは散り散りに逃げだした。


 念のため、辺りにまだ潜んでいないかをよく確認してから振り返る。


「おーし、行けるぞー」


 手招きすると馬車はゆっくりと近付いて来た。何故か、声掛けしたはずの王都兵も馬車と一緒にのんびり歩いてくる。


(こいつは……)


 合流するや否やライアスはゴツンと王都兵の頭を小突いた。


「あいたっ! ちょっと~」

「何してんだ? お前!」

「何って……馬車の護衛をしていたんじゃないですか~!」


 唇を尖らせて言い訳する王都兵に、フライアがジトッとした視線を送る。


(この人、確か来るときもずっと……)


 往路でも何度かモンスターに遭遇したが、対応したのは他の二人の王都兵。考えてみれば、記者志望の学生というこの男は一度たりとも剣を振るっていない。

 フライアに言われて気付き、ライアスは小さく唸った。


「……ああ、行きに俺も手を動かすことなかったけど、一緒に手を動かさなかったのがお前か」

「そ、そうですよ! 来るときと同じ! 任務は果たしてますよ!」


 ブンブンと両手を振って弁解する記者志望の王都兵。

 思わず、ライアスはその頭をぶん殴った。


「威張るんじゃねえ! 状況が違うんだよ!」

「い、痛いです。これじゃ、どんどん戦闘力が……」

「うるせえ、話にならん……」


 涙目で訴えかける姿を見ると馬鹿らしくなってくる。

 ライアスはふんと鼻息を鳴らすと王都兵とは逆側に回り、馬車についた。憑依を続けるフライアが背中の上でうんざりしている。


(馬車守るの、実質一人……)

(違う、お前を含めて俺と二人だ!)


 まったくもってくだらない。さっきまでは訓練されていたと思っていたのに、見た目はたいして変わらないのにこれほどにが違うのでは信用もできやしない。




 むっつりと黙り込んで歩くライアス。しかしその顔色をうかがうように、王都兵がチラチラと視線を飛ばしてくる。


「ね、ねえ、あなた、やっぱり戦い慣れてるじゃないですか。そんな人がいれば、いつかは野盗も滅ぶってものですよねぇ!」

「さあな、昨日も自宅を荒らされたんだ」


 ムスッと応じるライアスと対照的に、気弱な王都兵は声を張り上げた。


「え……! それは、事件ですよ! 僕も記者志望ですから! そういった話なら!」


 これは天然なのだろうか。それとも意図的に媚を売っているのだろうか。


「やめろ……話をするほど腹が立ってくる」

「いやぁ、わかりますよ。悔しい気持ちは痛いほど。でも、そんな現場の声を届けることで、都の結束に貢献できれば……!」


 その身勝手な言い草に、フライアがわなわなと震え出す。


(この人……っ!)

「そんなの、おめえのエゴだろ。大体、今は違うだろ。兵士として、護衛を果たすことが役目だろうが」


 ライアスが叱咤するように言った。


「そうなんですけど、自分だってこんな汗臭い鎧を着て戦うことに疑問があるんです。今はひょんなことでこんな成りをしてますが本当は元に戻って……」


 なおも言い訳をする王都兵に兄妹は爆発寸前。少なくとも今は戦いに疑問を抱くタイミングではない。


「この護衛をこなしてからにしろ。 いい加減に口を閉じねえと……」


 さすがに黙らせようと、つかつか進み出るライアス。

 しかしその足元に突如弓矢が突き立った。地面にめり込み、震える矢がビィーンと楽器のような音を立てる。次の瞬間、馬がいななきをあげ馬車が激しく揺れた。


「……っ! なんだ?」

「まずい! 野盗の連中だ! 追いかけてきたんだ!」


 馬をなだめながら悲鳴のような声をあげる御者。

 矢が飛んできた方を振り向くと、野盗らしき男たちが武器を手に走り寄って来ていた。


「おらぁ! そこの馬車ぁ! 荷台のモン降ろせや!」


 怒鳴り声が響き、また飛んできた矢が馬車の荷台を覆うシートにバサリと突き立った。


 ライアスが急ぎ状況を確認する。野盗は二人。一人はダガーナイフのような近接武器を手に持ち、もう一人が長弓を携えている。


 こちらの戦力は……。


「ひ、ひいぃぃ!」


 案の定、王都兵は顔を真っ青にして震えていた。もはや戦意などあろうはずもない。


(どうしてこうにもさぁ……。もう誰も当てにならん!)

(私たちでやるしか……!)


 嘆いている暇もない。兄妹は覚悟を決めた。


「おいっ! 俺らが食い止めるから! 馬車は先に街まで走れ!」


 ライアスが声を張り上げて叫ぶと、御者は「わかった、頼む!」と言って馬に鞭を打った。

 馬車が一気に速度を上げ、砂利を弾きながら街道を走りはじめる。


「あ! あわ! あわわわっ! 待ってくださ~い!」


 馬車に追いすがるように王都兵も物凄いスピードで走っていった。


「行ったか?」

(うん、どちらも……)

「それでいい、そのほうが集中できる」


 俺らが食い止めると複数形にしたのは、もちろん王都兵ではなくフライアを指してのことだ。


(無茶、しないでね)


 適度に走り距離を保ちながら、切り抜ける手段を考える。




「弓、弓のほう頼む! そいつにいつもの!」

(氷壁……!)

「そうそう、弓の軌道線上に氷置きながらさぁ、時間稼ぎながら都の近くまで逃げるんだ!」


 そう言うとライアスは剣を構え、ナイフを持つ男と向かい合った。馬車と野盗を引き離さなければならない。


 容赦なく切りつけてくるダガーナイフを剣で弾く。なかなかの手練れだ。倒せれば話は早いがうっかりもう一人を馬車に向けさせるわけにはいかない。ここは反撃を考慮せず、全神経を集中して防御に徹する。


 ナイフの男の背後、もう一人の男が弓の弦に矢をつがえた。交戦中に矢まで飛んできてはひとたまりもない。

 しかしその刹那、キィンと硬く澄んだ自然音が鳴り響き、弓矢の男とライアスとの間に氷の壁が出現した。壁に矢を弾かれ驚いた男が頓狂な声を上げる。


「ぬうっ、くそっ!」


 ライアスは剣を強振して攻撃を退け、ナイフの男と距離を作ると再び走りはじめた。

野太い声で叫びながら追いかけてくる野盗たちの前に、さらなる氷壁が現れる。弓矢の男が姿勢を崩してよろめいた。


「馬車は、どうなった?」


 迫りくる野盗を前に後ろが向けないライアスがフライアに尋ねる。憑依する妹には発声なしで伝わるが、緊張と焦りのあまり思わず声に出る。


(もう、だいぶ見えないけど……)


 そうした攻防を繰り返す。

 野盗はある時はライアスを無視しようとし、氷弾で足止めされたら激怒してやってくる。

 じりじりと後退はするが、少しずつ郊外に点在する集落が大きく見えてくる。

 



(あっ、来たっ!)


 不意にフライアが脳裏で声を上げる。

 思わず「何が」と聞こうとしたライアスだったが、その答えはすぐにわかった。


「かかれーっ! 野盗を逃すなー!」

「急げっ! 戦っている剣士を保護しろー!」


 遠くからそんな声が聞こえる。王都から派遣されている巡回兵だった。馬に乗っているようでドドドッと力強く地面を蹴る音が一気に近づいてくる。


「くそっ! 退却だ! 散れ!」


 多勢に無勢と見たか、しつこく追いかけ続けた野盗も、兄妹に対して背を向けて離れ、街道から逸れて姿を消していく。

 巡回兵は五人がやってきてくれて、四人はそのまま野盗を追った。


「大丈夫か?」


 残ったもう一人が馬から降りてそう声をかけてきた。慣れない動きに兄妹とも息が上がっていたが、ライアスが呼吸を整えながら答える。


「あ、ああ。大丈夫だ」

「そうか。馬車が勢いよく走っていたのを見て駆けつけたが、手遅れにならなくてよかった」


 巡回兵は安堵した様子を浮かべ、それから馬の背を親指で差した。


「ここから先は見張りが何人もいる。怪我はないか? 厳しければ馬に乗せていくが、どうする?」

「あー……」


 ライアスは言葉に詰まって頭を掻いた。

 それはありがたい話だった。馬車は無事のようだし、楽ができればそれでも良いかと思った。

 だが、それでも首を横に振った。


「いや、いいよ。ここまでくれば大丈夫。歩いて戻れるから、野盗のほうを頼むよ」


 ライアスはそう断った。

 なんとなくだが、ふと王都兵に頼ってはいけないという思考が働いてしまったようだ。




 巡回兵と別れて十数分。もうシェラタンの街は目の前で、街の中へと入る門が見えてきた。

 ここまでくればもう大丈夫だろう。


 兄妹揃って息をつきながら今日の戦果を振り返る。


「もう少し余裕あると思ったけど、やっぱり複数はなぁ……」

(氷、そこ弱いの)

「雷も、いざって時に狙った奴に当たらねえからなぁ。咄嗟に使えねえんだよなあ」


 兄妹が話しているのはこの世界に存在する魔法、エレメントのことだ。


 この世界で行使される魔法には六種類の属性があり、エレメントと呼ばれている。

 多少の修練があれば一種類はエレメントを扱えるようになり、それぞれ特徴のある魔法を繰り出せる。

 ライアスは雷、フライアは氷と光属性のエレメントだ。


 雷は狙った相手に攻撃するのが難しく、氷は攻撃範囲が狭い。氷塊を撃ち出せる相手は基本一人だ。また、光属性で使えるのは基本治療や回復効果しかなく、攻撃手段があるのかどうかすら兄妹にはわからない。


「ときどき思うんだよな。壁を張ってくれるその氷を攻撃に、広くばらまけないかって」

(むぅう……)


 敵の攻撃を受けるライアスにとってはフライアが繰り出す氷壁を用いた防衛が生命線だ。だが、もっと流れるように敵に当たってくれればとは思う。


(そこは、補って……)


 弱々しい声がライアスに返ってきた。フライアの主力はこの氷のエレメントだが、それでも難しいようだ。

 それを受けてライアスは「うーん」と腕組みしながら街へと続く門をくぐる。もっとも、彼もまた名付けようもない思い付きの技と発想で戦っており、そこには流派も技術もない。ひたすら考えていくしかないのだ。




 エレメントの話に区切りをつけ、ひとまずは自警団の本部に戻ろう、とライアスは視線を前に向けた。


「野盗に追われるっていつもの出来事に思えたけど、今回は違ったよな? 何のためにやってたんだっけ?」

(自警団のお仕事)

「……だったな。しかも確か小手調べみたいに言ってたけど。……なかなか手応えのある小手調べだな」


 やれやれとため息を吐く。とんだ目にあったが無事に任務を完了したと言っていいだろう。

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