第4話 不満げな先輩傭兵
王都が監督する自警団の本部は、もともと街の公会堂だった場所に設えられている。
その門戸にたどり着いたライアスは、辺りを確認するとフムと腕を組んだ。
「ここが自警団か。……下手に分けられると面倒だし、一人のフリして入ってみるか」
フライアは「うん」と頷き、周囲を見渡す。
なにしろ、ベベルにすら二人で『憑依』する姿を見せたことがない。それなりに人がいることに気が付くと兄妹で物陰に移動した。
改めて誰にも見られていないことを確認して兄妹は互いの手を合わせる。
すると――フライアがふわりと浮き上がるようにして消えた。
「よし……」
何事もなく物陰から出て、《一人》になったライアスは身なりを整えながら入口をくぐった。
兵士の姿に鎧をまとう冒険者たち。
中は公会堂とは程遠い殺伐とした雰囲気が漂っていた。
周囲を見渡しながら通路を進むライアスだったが、それに気付いた受付係らしい男が寄ってきた。
「お前、入団希望か?」
やや気だるげなその問いかけにライアスが頷くと、男は「なら、この先だ」と奥にある部屋を指差した。
それに従ってライアスは進もうとしたが、不意にまた声をかけられた。
「なあ。今すぐ戦力になれ、とは言わないが……。せめて、俺たちの手をこれ以上焼かないように、頼むぞ」
「……え?」
ライアスは足を止めて身体ごと振り返った。
妙な頼み事を聞き直したかったが、男は次に入ってきた冒険者の案内に入口へ向かってしまった。
少し待っても戻ってきそうにない。
そう察したライアスは再び奥へと足を進めた。
(……なんだったの?)
(なんだろうな。随分疲れてたみたいだけど)
頭の中で彼の意図を見出そうとしたが、やがて公会堂の広間へと出た。王都の兵士らが数人控えるその先、兄妹よりやや年上と思わしき青年がいかにもつまらなそうな顔で椅子に座っていた。
兵士たちに案内をされ、ライアスはその青年の前に立った。
「……あ? なんだ、新入りか? この時間じゃ、王都の人間じゃないな」
品定めするようにライアスの姿をじろじろと眺めまわす。
「……見たところ実績積んだ経験者って感じじゃなさそうだが、野盗の討伐に参加するってのか?」
「そのつもりで来たが、あんたが団長か?」
表情を変えずに応じるライアスに、青年は僅かに眉をひそめた。
「ふんっ、ただの案内役だ。俺はウォルフ。ワケあってこんな
(何なの……?)
その粗雑な扱いにフライアが不満げに呟いた。ライアスは動じることなく、差し出された登記用紙に淡々と名前を記入する。
ウォルフと名乗った青年は不機嫌そうに頬杖をつきながら、しかし実直に言うことを聞くライアスを不思議そうに見ていた。
「……にしても、お前が野盗討伐するって、戦いの実績とか経験とかほんとにあんのか?」
「自慢できるような腕はないな。妹を守ろうと、家の周りの害獣を相手にしているくらいだ」
そう答えてペンを置き、ウォルフに向き合う。
「おめぇ……一応言っておくが、足手まといを助けるほどの戦力はここにはねえぞ。野盗の連中はこれまでも団員を引っ搔き回して何人かは一向に戻ってこないって話だ」
そう言ってウォルフは小さくため息を吐いた。
ライアスとフライアは昨日対峙した野盗たちを思い浮かべる。確かにいくらでも荒っぽいことをやりそうな連中だった。
その気持ちを見透かしたように、ウォルフの問いかけが続けられる。
「中には命乞いをして野盗に寝返った奴もいるって話だ。で、そんな奴が鉄砲玉にされて仲間同士で討ち合い、なんてことが最近起こったばかりだ。だが、まぁ、見ての通り、団員の頭数がろくに足りていないのも確かだ。お前が絶対に寝返らないって覚悟があれば加入を認めるが、本当にやるのか?」
試すような目が向けられた。もしかしたらさっきの案内役はこの寝返りのことを心配していたのかもしれない。
しかし兄妹の心は既に決まっている。
「……ああ、やらせてほしい。俺も野盗に家を荒らされて困ってるんだ」
するとウォルフは了解したようにひとつ息を吐くと、「そうか。なら、いいか」と言った。
そしてジロリとライアスの顔を睨む。
「とはいえ実力も定かじゃない奴に危険な仕事は頼めねえ。まずは野盗たちと最前線で活動するキャンプ地との伝令と物資補給、本部の補佐のために働いてもらうぞ」
ライアスはこくりと頷いた。
「ああ、わかった」
「前線は少し西に進んだところにある。早速だが、ちょうど運んでほしい物資もあるからそれも持っていけ」
そう説明があった後、意味深な視線がライアスに向けられた。
「……念のため言っとくが、そこへ行くまでで襲われた奴も何人もいるからな」
「わかった」
あっけらかんとしたその返答に、ウォルフが目を丸くする。
「……お前、なんか不気味な奴だな。あれこれ言ったところで理解したんだかわからねえし、眉ひとつ動かさねえし」
「よく言われる。そういう性格なんだ」
淡々と返事をするライアスに対し、ウォルフは天井を見上げるように上体を反らした。
「……ったく、自分の土地が危ねえってのに、緑の都はこれだからよぉ」
呆れるようなその物言いに、兄妹はそろってキョトンとした。
ウォルフが「まあいい」とばかりにまたひとつため息を吐く。改めて登記用紙を確認すると、ペンを取りサインを入れた。それから自警団の任務について簡単な説明をはじめた。
「よし、ひとまずこれでお前も自警団の一人だ」
そう言って小さなバッジを差し出した。
「まずは小手調べだ。このバッジを付けて、補給部隊と西に構えるベースキャンプまで行くんだ。往復とも荷を積んだ馬車を援護してもらう。既に王都からの護衛は数人いるが、お前にもその中に混じってもらう」
ライアスが「わかった」と応じて頷く。
「言うまでもないが、補給物資は下手に扱えば野盗どもやモンスターらの格好の撒き餌になっちまう。キャンプまでは迷うこともない一本道。お前一人で戦うことはないが、周囲には十分注意することだ。怯むんじゃねえぞ」
ああ、と応じるライアスの影でフライアが憂鬱そうな声を上げる。
(さっそく団体行動……)
人との交流を避けてきた兄妹にとって、団体行動は実に気が重い。
げんなりする妹に対しライアスが伝える。
(こっそり援護してくれるだけでいい)
もともと一人として登録したのだ。《独りの兄妹》とはいえ、二つの姿で任務にあたるわけにはいかない。
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