真夜中のお菓子大冒険

ポンポン帝国

真夜中のお菓子大冒険

「お兄ちゃん、やっぱやめよぉ?」


「うるせぇ、ならコウキは布団で寝てろ!」


 ヒソヒソしながら怒鳴る、そんな器用な事をしながら自分の達の部屋をのっそりのっそりと歩き出すとある兄弟。その姿を映し出しているのは闇夜にぼんやり光るお月様だけ。


 目的地は台所の戸棚、上から二番目だ。今日の夕方に兄弟揃って大好きなお菓子を仕舞ったのを確認している。兄弟はこの目的地に向かって歩き出しているのだ。


 それでは、なぜこのような確実に親に怒られる行動を今回取ってしまっているのか? そこから話していく。と言ってもそれはもう、単純である。今向かっている先にあるお菓子は、兄弟喧嘩をして取り上げられた今日のおやつだったからだ。それも月末にだけ特別に食べる事が出来る、そんなお菓子を、よりによって親の機嫌が悪く、さらに、喧嘩をしている時にテーブルにあったコップを割ってしまうというアクシデント。そりゃあもう親もカンカンで捕まった兄弟の頭には大きなたんこぶが出来てしまった位だ。そしてその結果、その特別なお菓子は戸棚に仕舞われてしまったのだった。


「ねぇ……、今日食べられなくってもきっと明日には食べられるよ?」


「バカ! そんな事になんの意味があるんだ。今、食べる、それが俺の生きる道だ」


 お兄ちゃんは絶賛、最近人気の漫画感化されており、大冒険をしているつもりなのだ。だが、その気持ちもわからない事はない。木の棒を持てば、それが勇者の剣になり、ちょっとした脇道の道の場所への探検だ。


 それに、私たち大人も、子供の頃は、親から理不尽な怒られ方をして我慢した事の一度や二度はあるだろう。今のお兄ちゃんはそんな気持ちなのだ。弟は、そんなお兄ちゃんには逆らえないし、ちょっとこんな時間に食べるおやつを楽しみにしてるのも隠しきれていない。真夜中に食べるお菓子、まさに禁断の果実に等しい存在なのだ。


 道のりは今のところ、順調に進んでいる。兄弟の部屋は二階。台所まで行くには階段を降り、親の部屋を素通りし、台所に繋がる扉を開けなければならない。


 第一の難関はこの階段だ。若干古い家なので、キィキィと音が鳴る。ここまでは足を滑らせながら歩いてきた為、音を鳴らさずに来れた。だが、階段ではそうはいかない。


 まず一歩。お兄ちゃんが足を進めてみる。少しずつ、そう、少しずつ地面へと体重を乗せていく。その姿を後ろから心配そうに見つめる弟。僅かながらにキィっと鳴るたび、兄弟は耳を澄ませて親の様子を伺う。どうやら起きていないようだ。


「よし、コウタも続け」


「こ、こわいよぉ。お兄ちゃん……」


「大丈夫だ。俺の手を握ってろ」


 ビビる弟の手をギュッと握ってゆっくりと降りていくお兄ちゃんの姿は、とても頼もしい。だけど、思い出してほしい。そもそも喧嘩をしなければ、こんな事をしなくても済んだのだ。だけど、そんな事はこの兄弟には伝わらない。なんたってただいま大冒険中なのだから。


「よしよしよし、ここまでくれば台所まで一直線だ」


「お、お兄ちゃん。あと少しだけど、この後、お父ちゃんとお母ちゃんの部屋の前を通るんだよ?」


「大丈夫、大丈夫。こんな時間じゃ二人とも簡単には起きないって」


 第二の難関は台所まで行く途中にある親の部屋だ。何が悪いって扉が開いているのだ。何かあったらすぐに飛び出せるように、という親の優しさだが、今はこの兄弟にとって仇となっている。親の気持ちは中々伝わらないものである。


 先程と同様に足を滑らせて先へと進む兄弟。そして親の部屋の目の前までやってきた。間違って扉が閉まってないかと期待していたが、勿論そんな事はなかった。全開に開いてしまっている。


「……よし、俺が中の様子を見てきてやる。コウタはここで待ってろ。音を立てるなよ」


「う、うん」


 ゆっくり、ゆっくり顔を部屋へと向けていく。自分の心臓がうるさい、そんな気持ちになりながら親の様子を覗こうとするお兄ちゃんとそれを心配している弟。


 部屋の中を覗いてみると、そこには夫婦仲睦まじく寝ている姿。ちょっとイビキも聴こえるが気にならない程度だ。これなら……一歩、また一歩と部屋を通り過ぎて行くお兄ちゃん。道のりで行けばたった三歩程度だが、今は断崖絶壁を渡る勇者のよう。その断崖絶壁を勇ましく歩くお兄ちゃんの姿に弟が感動していた。


 無事にお兄ちゃんが渡り切り、次は弟の番だ。先程と違ってそこにお兄ちゃんの手はない。弟も勇気を出す時が来たのだ。頷くお兄ちゃんを見て親の部屋を自ら確認する。


 よし、しっかり寝てる……。その姿に安心した弟が一歩を踏み出した。いや、踏み出してしまった。


 『ギシッ』っと鳴り響いた床の音。寝ている姿に油断してしまった弟は足を滑らせるのではなく、足を踏み出してしまったのだ。


 親のイビキが止まった……。背中に冷たい汗をたらしながら親の部屋を確認する弟。その弟の様子を見守るお兄ちゃん。手には汗が滲んでいた。この数秒がお兄ちゃんにとって何時間にも感じた。


 そして弟がお兄ちゃんの方を向き、再び歩き始めた。どうやらそのまま寝ていてくれたようだ。


 無事、お兄ちゃんのところまでたどり着いた弟は、わずかにため息をついた。その膝はガクガク震えており、相当の緊張だった事はお兄ちゃんにも想像出来たようだ。


 再び再会を果たした兄弟は次へと進む。そしてその進んだ先で待っているのは、最後の難関である台所を開ける扉だ。この扉はかの有名な呪文でも開ける事が出来ない、難解不落な砦のようだった。


 だが、ここまでの難関を乗り越えてきた兄弟が、その歩みを止める事はなかった。お兄ちゃんがゆっくりとドアノブに手を掛ける。慎重にドアノブを回していく。それを見守る弟。つばを飲み込むと、その音すら周囲に響くんじゃなかって位に静けさが辺りを包んでいた。僅かに響く扉を開く音。かつて、その身を縮こませた物音にも動じる事なく、中へと進んでいく兄弟。


 そしてその先に見えたのは、月明かりが照らす、目的の戸棚だ。それはまるでスポットライトに当てられているかのようにそこだけが明かりに包まれている。


 兄弟は、光に導かれているかの様に戸棚へと進んでいく。そして辿り着いた。抑えきれなくなりそうな気持ちを何とか抑え、戸棚に手を掛けた。ずっしりと重みを感じつつ、横へとスライドさせていく。徐々に見えてくる目的の物に心を躍らせていく。そして運命の時が来た。


 こうして、兄弟の大冒険はここで終える事が出来たのだった。






 次の朝には、お菓子を食べた事がバレてしまい、母親から特大の拳骨をもらった訳だが、その表情は怒られた後にも関わらず、妙に明るい。その姿に母親も首を傾げていたが、この兄弟がこの拳骨をくらってまで得た物は、真夜中に食べるお菓子。それもどんなご馳走にも勝る、そんなお菓子だった。さらに、それを得る為に、この兄弟は真夜中に立派な大冒険をやり遂げたのだ。


 兄弟で笑いあう姿に毒気が抜かれてしまったのか、怒る気すら起きなくなってしまった母親。やれやれと、ため息をつきながら最後に母親は子供にこう尋ねた。


「昨日は楽しかったのかい?」


「「うん!!」」


 中々見る事が出来ない、そんな最高の笑顔に、母親も笑うしかなかったようだった。

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