第17話

 レイピアを素手で壊す。その光景を目の当たりにした観客たちは騒ぎ立てた。


「なんだあいつ⁉レイピアを素手で受け止めて……欠けさせたぞ?」

「あれがウゾルクの加護なのか?」


 地面に割れた剣先が転がるのを見ながらフェルは浅い呼吸を繰り返す。


 ウゾルクの加護、それは鉄の如く体が丈夫であるということだった。イノーク達と危険な手合わせをしても平気な顔をしていたのはそのせいだ。

 ウゾルクの騎士が減りつつある今、ウゾルクの加護を目の当たりにする者は少ない。そしてその加護も年々弱まっていると言われているから尚更だ。アイオス騎士団の若者はウゾルクの加護の存在すら知らないかもしれない。だから驚いている者が多いのだ。

 フェルはウゾルクの加護が人一倍強かった。


「……お前の腕前はよく分かった。なるほどな。鍛えがいがある」

「……」


 フェルは頭部の防具を外すと呼吸を整えた。サルシェも防具を外し首を振って髪を整えている。


「弱くない。かといって強くもない」

「……!」


 フェルは怒りで頭に血が昇った。激しく動いた後でもあるので顔が紅潮する。フェルは剣術に対して文句を言われたことが無かった。ウゾルクでは一目置かれていたほどだから余計に腹立たしい。


「今日はこれでしまいだ。レイピアも壊れてしまったしな」

「……失礼しました」


 フェルは吐き捨てるように言うときびすを返してその場を立ち去った。


(何だあの動きは。全然目で追えなかった!弱そうな剣なのに……!)


 イザリオの執務室に向かいながらフェルはサルシェの動きを思い出していた。挙句、フェルの剣術など大したことないという。物に当たりたい気持ちをぐっとこらえた。ある機会を掴むまで問題を起こすわけにはいかない。


(私は……。弱いのか?)


 幼い頃、剣術を教えてくれた父の顔を思い出す。フェルは村の剣術指南役であるヤハード先生だけでなく父からも教えられていた。


『お前は英雄フツルイの生まれ変わりだ!きっとお前がウゾルクの繁栄を取り戻す』


 フツルイというのは正義の剣をはじめに手にしたウゾルクの英雄だ。フェルはもやもやした気持ちを振り払うように頭を振った。


(そんなはずない!……私は強い。だから1人でここまで来られたんじゃないか)


 執務室の前までやってくると侍女が扉を開けるよりも前に自分で開けてしまう。


「フェルか。おかえり」


 窓辺で杯を呷っていたイザリオが扉に目を向ける。スクナセスはおらず、数名のアイオス騎士団の騎士と侍女が部屋の中に控えていた。イザリオは休憩をとっていたらしい。室内はゆったりとした空気が流れていた。

 イザリオはじっとフェルを見つめると無言で側に近づいていく。フェルは思わず距離を取ろうとするがそれよりも先にイザリオの手が伸びる。


「鎧で髪に癖がついたんだろう。跳ねてるぞ」


 そう言ってフェルの青緑色の髪を軽く撫でた。

 フェルは急に触れられたのと苛立ちから思いきりイザリオの手を打つ。鈍い音が響く。周囲に控えていた者の表情が真っ青になった。


「おっと……予想以上に痛いなこれは。流石はウゾルクの加護」


 イザリオがお道化どけて右手を振った。右手の甲は赤くなっている。


「……申し訳……ありません」


 フェルは低い声で謝った。

 相手を傷つけた後悔が波のように引き寄せてくる。それでもすぐに怒りによって後悔の波は遠ざかった。水色の瞳は燃えたままだ。


「……俺も悪かった。引き続き仕事を頼むよ」


 イザリオは席を立つと隣の部屋に移動する。気を利かせたのか、それと隣の部屋に本当に用事があったのかは分からない。

 取り残されたフェルが何気なくイザリオのテーブルに視線を落とした時だった。


(……これだ)


 フェルは水色の瞳を爛々らんらんとさせた。それはフェルが待ちわびていた機会。日付の新しい、魔獣出没に関する報告書だった。

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