第16話

 サルシェとフェルの周りにはいつの間にか観客が集まっていた。

 フェルは見様見真似で突きのポーズを取る。普段の大剣とは異なる重さ、グリップを握った時の感触の違いに眉を顰める。

 そんなフェルに構わず、サルシェのレイピアが頬の真横を通り抜けていった。反射的に避けることができたが心臓が脈打つ。


(……早い!)


 息つく間もなく次々と突きを繰り出された。やがてフェルの腕に剣先がぶつかり、試合を見ていた若者の一人が「団長、一点!」と遅れて声が聞こえてくる。「おお!」という歓声が上がった。


 フェルの手元を狙ってきた剣がそのまま腕に伸びてきたのだ。一連の動きは全く無駄がない。初めからフェルの動きを読んでいたかのように美しかった。それほど威力がない攻撃のように見えたが、腕が少し後ろに持っていかれるぐらいの力がある。

 体幹に自信があったフェルは自身の上体が揺らいでいるのに驚いた。


(こんな細い剣なのに、そんな力がでるものなのか?)


 相手から三回、攻撃を受けると負けとみなされたはずだ。フェルは唇を噛み締めた。一本取られたことで腹の底から熱いものがこみ上げてくる。ウゾルクの剣術試合で一度も負けたことが無かったので初手で圧倒されるのは悔しかった。


(そういうことなら……本気でやってやる!)


 フェルは低姿勢になると左膝を目がけて突きを繰り出した。左手をポンメルに添えて足腰に力を入れる。膝にも防具を施されているので歩行が困難になることはない。

 フェルのブレイドは膝に当たることなく剣と体が右側にぶれる。


(……力が利用されてる!)


 サルシェはブレイドを突きながら外側に回転させていたのだ。細かい芸当にフェルは舌打ちした。


(突きが……くる!)


 がら空きになった左肩めがけてサルシェのブレイドが狙いを定めるのが見えた。背中に冷や汗が流れる。脳内に警報が鳴り響いた。


(当たってたまるか!)


 フェルは剣先を自らの顔横辺りにまで上げると左肩を守りながらサルシェの真横に飛び出した。飛び出すと同時に、横目でサルシェを捉えると勢いよくレイピアを背後に振った。これだけ長い剣先なのだ。適当に振ればサルシェの背面のどこかに当たるだろうとフェルは考えた。美しさの欠片もない、力任せな攻撃だ。

 高い金属音が辺りに響き渡る。


「……相手、一点」

「今のは技としてありなのか?背中への攻撃は反則では?」

「しかし体の一部には当たったしな……」


 フェルの攻撃は若者たちの中で物議を醸した。


「技としては美しくないが……一点を認めてやろう」

「……ふんっ。何が認めてやろうだ!どう見たって当たってたろ!」


 鼻で笑うとフェルは再びレイピアを両手で構えた。気持ちの高ぶりに思わず口が悪くなる。サルシェが再び向かい合うとピリピリとした空気に思わず体が固まった。

 

(……え?)


 音もなくサルシェが一歩、跳躍すると一気にフェルとの間合いを詰めた。フェルの腹部にブレイドが迫る。手にした剣で反撃することができない程の距離にフェルは唾を飲み込んだ。

 稽古だということも忘れて命の危機を感じる。この攻撃を躱さなければ死ぬと思った。


(このままじゃ直撃する!)


 フェルは反射的に剣を天に掲げると、肘と前腿で剣先を止めた。

 予想外の行動に周囲から驚きの声が上がる。サルシェも殺気を引っ込め、防具越しに目を見開く。


 更に驚くべきことにレイピアの剣先が……欠けた。

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