第2プログラム 作戦 & 邂逅

 川崎千夏は七年後——————交通事故で亡くなった。




 そのメールが告げた、まさかの宣告に僕は唖然とする他なかった。


 


 彼女とは知り合ったばかりでまだ何も知らないけれど、なんとも言葉にしづらい気持ちが僕の心に住みついた。

 名前すらこの日記で知ったけど、図書室で会った彼女はなんだか、赤の他人とは思えなかった。

 そんな彼女の死を宣告され、どこかに眠っていた僕の「何とかしなきゃ」という在り来りな正義感が触発されたのか、彼女について知らなければならないと、反射的にメールを打ち込んでいた。


(彼女はなぜ死んでしまう?)


 まさか、僕の送信ボックスにこんなメールが記録されるなんて、どこの誰が想像しただろうか。いや、送信先の未来人はそのことも知っていたのかな。

 そんなことを考えているうちにメールが返ってきた。

 考え込んでいる僕を未来人なりに気遣っているのだろうか。前よりも返信スパンが短かった。


(理由は言えないんだ。でも僕のせいなんだ。僕がもっと彼女を、いや、周りの人間たちのことを気遣うことができていれば…。警察は不慮の事故だと断定しているみたいだけれど、それにしては謎が多い気がしているんだ。)


 メールの先の未来人は相当悔しがっているようだった。その雰囲気はメール越しでも伝わってきた。その未来人にとって、川崎千夏は大切な存在だったのだろう。


(君と川崎千夏はどういう関係なんだ? というかそもそも、君は一体誰なんだ? 僕が知っている人なのか?)


(ごめん。訊きたい気持ちも分かるし、言いたい気持ちで山々なんだけど、それはでまだ話せない。難しいとは思うんだけど、なんとか飲み込んでほしい。)


(そうか…分かった。彼女を救うために僕に何ができる?)


 質問したいことはたくさんあったが、未来人の深刻そうな雰囲気を感じ取ると、どうしても話を深掘りする気にはなれなかった。


(最初にも言った通り、今の君には彼女の運命を変えることができる。詳しく説明すると、その日記に書かれている出来事の一部を君に変えてほしいんだ。さっき話したとは何なのか、それについては追々話すとして、その出来事までに彼女との仲を順調に保ってほしい。もし失敗すると今の僕のように後悔することになる。)


(ちょっと待ってくれよ。少なくとも、その出来事までは彼女と一緒に学校生活を送れってことか? まだ知り合ったばかりなのに?)


(そういうこと。君はまず彼女と親しくならなきゃいけない。彼氏になれって言ってるわけじゃないんだから簡単だろ?)


(いやいやいや、まだ彼女も作ったことない男だぞ? 出会ったばかりの女子とお近づきになるなんて大胆なことできるわけが…。)


(でも、本来は今日、彼女と出会うという出来事だって起こらなかったはずの歴史なんだよ? 君はもう、その運命すら変えてしまっているじゃないか。)


(それは…日記のおかげというか、僕は何もしてないし…。)


(図書室に向かったのは君の勇敢な行動力のおかげじゃないか! 彼女と出会う運命すら変えてしまう男なら、彼女とお近づきになることなんて余裕だろ!)

 

 未来人の謎の説得力に、僕は不思議なほどに勇気づけられてしまった。

 今の僕なら、運命を変えた僕なら何でもできるんじゃないかとも思えてしまった。


(今日は時間だから、また何かあったら今度質問してくれ。)


(おい! 待ってくれ! 彼女と仲良くなれるために何かヒントを教えてくれ!)


 藁にも縋る思いで、額に汗をかきながら、高速でキーボードを打ち込んだ。未来人は、僕が縋ったヒントを記したメールを残してその日は終了した。




(近々、彼女の好きな本である『星空の住人』の作者、のトークショーがあるよ。)



                *****



 そうして今、僕はそのトークショーのチケットを購入するために、暇な時間をアルバイトに充てて資金を稼ごうと考えたのだ。

 未来人曰く、「そのチケットを買って彼女を誘え」というヒントだったらしい。そのヒントの意味をわざわざ聞いた僕に、未来人は察してくれと、中々に怒っていた。


 トークショーのチケットを手に入れるにあたって、僕はその〈柊木 小雪ひいらぎ こゆき〉という小説家について調べた。

 『小説界隈のダークホース』と呼ばれており、年齢不詳で、性別が男ということだけ分かっていると、どこの記事も取り上げていた。高卒なのか。大卒なのか。そもそも成人しているのか。そんなことすら謎に包まれている。


 その謎の小説家のトークショーということで、愛読しているファンたちの間ではチケットを取るために戦争が起こるのではないかとも話題を呼んでいた。

 幸いにも、僕がそのトークショーに気がついた、というか気づかされたのはチケット発売開始の二ヶ月前で、これからバイトを始めれば、チケット購入に間に合うというグッドタイミングであった。もしかしたら、このグッドタイミングも未来人の策略の上かもしれないと考えると僕は何とも言えない気持ちになっていた。 

 

 バイトを考え始めて一週間が経過しそうになっている頃、丁度、未来人とのメール期間に終わりを告げようとしていた。


(七年前の春樹くん。そろそろ僕とメールができる時間も終わろうとしている。最後に聞きたいことなんてあるかな?)


(最後って…どうせ未来で会えるんだろ? そんな言い方するなよ。)


(そうだね…でも、君が上手く未来を変えてくれれば僕との出会いが無くなる可能性だって、ないわけじゃない。だから、一応ここで礼を言っておくよ。こんな無茶苦茶な依頼を引き受けてくれてありがとう。)

 

 未来人の、終盤に差し掛かっているというようなメールからは、色々なことを経験してきたのであろう、哀愁が感じられた。


(今日、これから川崎千夏と会う約束しているんだろ?)


(会う…と言っても、学校で借りている本返すだけだけどな。)


(それでもいいんだ。少しずつでいいから彼女との仲を深めて、未来を良いほうへ変えてくれ。)


(うん。みんなが笑ってられる未来を作れるように僕も頑張る。だから未来は任せたぞ。)


(ああ。これからも君が重要なターニングポイントに立つときはメールを飛ばして、支援できるようにするよ。)


(頼んだぞ。)

 

 いつの間にか、僕と未来人との間には強い友情が生まれていたのだと思う。まだ顔を見たこともないし、友情とは呼べないのかもしれないが、僕にとっては強く、重い、だけど未来に託さなきゃならない強いバトンだった。


(それじゃあ、また今度。また話せる日はそう遠くないよ。)


(ああ、また今度。)

 

 こうして、僕と未来人の一週間という短い期間であったやり取りは終了した。そして、僕は未来人との約束を果たすべく、最初の大きな一歩を踏み出そうとしていた。



                 *****



 四月。

 春は出会いと別れに溢れていて、人間たちの感情が特に活発になる季節だと私は思う。


 この季節の人間関係の急激な移り変わりは好きじゃないけど、春特有の、私たちを見守るような優しい風だけは嫌いじゃなかった。

 休み時間、図書室の窓から入り込むその風を感じながら読書をするのが、この季節の私の過ごし方だ。

 昔から本を読むのが好きだったけど、高校に入ってから一層、読書に対する意欲が増した気がする。


「千夏!そろそろ部活の時間だよ!」


 いつも、時間になると、同じ美術部の子が、時間も忘れ、図書室で本に集中している私を呼びにやってくる。最初の頃は時間をかけて探し回っていたようだったけど、最近は私がいつも図書室にいるのが分かったようで、探すのにかかる時間が短くなってきた。


「うん、この本返したら行くね。」


 本を返そうと、受付に向かった時、受付の横にある『図書委員のおすすめコーナー』に展示されていた一冊の本に目が止まった。


『星空の住人』。

 

 今まで何度も図書委員のアンケートに書いてきたけど、これだけ生徒がいる中で、倍率が高いのもあって置いてもらえなかった本。

 

 何より驚いたのは、その本を私より先に見つけ、手に取って興味深そうに読んでいる人がいたことだ。その人は眉間にしわを寄せて注意深く……いや、疑わしいように読んでいるように感じた。そういう読み方になってしまうのも無理はない。

 その本は物語があるにも関わらず、言い回しが哲学チックなので手に取ってみても、しっかり読んでいる人というのは中々に物好きな読者のみだった。しかし、それが逆に面白いと話題にもなっていた。

 

 私の周囲にも読んでいる人はいなく、共感してもらえることがなかった。だから、普段人見知りして自分から話しかけることなんかできない私だったのに、つい、話しかけてしまった。








——————「その本、『星空の住人』好きなんですか…?」




第2プログラム「作戦」&「邂逅」  完

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