38:最高の舞台
全校集会が行われる体育館の扉の前に聖斗達は立っていた。既に全校集会は始まっている、中からは教師の声がスピーカーを通して聞こえてくる。
聖斗は深呼吸を繰り返すと隣に立つ真紅を見つめた。彼女もまた聖斗と同じ思いを抱いているのか、いつも余裕のある表情が僅かに強張っているようだった。
これから自分達は復讐を遂げる。
大勢の人の前で、甘楽達がこれまで積み上げてきた全てを壊す事になるだろう。
それか……もしかすると復讐を果たす事なく、聖斗達の命運は尽きるかもしれない。
聖斗が不安に駆られている事を悟った真紅はそっと彼の手に自分の手を重ねる。
その感触を感じた瞬間、聖斗の胸に渦巻いていた恐怖が和らいだ。真紅は優しい笑みを浮かべると囁くように言う。
「――大丈夫です、聖斗くん。わたしがついています」
真紅はいつもそうやって聖斗を勇気付けてくれる。だからここまで来れた、最後まで諦めなかった。
聖斗は不安を和らげてくれた真紅を見つめる。彼女の笑顔を見ると安心出来る。彼女の言葉を聞くと力が湧いてくる。真紅がいるから頑張れる。そして同時に彼女を支えたいと、守ってやりたいと強く思う。
だからその想いを言葉にする、いつも真紅がそうしてくれるように、聖斗も彼女に同じ気持ちを伝える為に。
「ああ、真紅。俺も傍に居る、大丈夫だ」
「……聖斗くん。ふふっ、そうですね。一緒に進みましょう」
真紅は聖斗の言葉を聞いて満足げに笑う。そして二人は肩を並べて、歩幅を合わせて、真っ直ぐ前に歩き出す。
生徒達は皆、壇上に向けて注目しているせいか、聖斗達が体育館の中へと入っても気付く事はなかった。
壇上では校長による話が行われていた、内容は特に変わったものではない。ただただ退屈な長い話だ。
聖斗達の狙いはこの校長の話が終わったその後だ。生徒達だけではなく、教員達、教頭や校長ですら伝えられていない幕が開く。
校長が話を終えて壇上から降りていく。それと同時に全校集会の進行役を務め、マイクを持つ男性教諭の元にスーツ姿の一人の女性が歩み寄る。
彼女は男性教諭の耳元で何かを囁いた後、一枚の紙を手渡していた。その紙に視線を落とした後、男性教諭は驚きながらも次のプログラムの説明を始める。
『あ――ここで予定にはありませんでしたが、「理事長によるご挨拶」があります。では理事長、ご登壇下さい』
進行役の男性教諭がそう告げると同時に体育館の脇に立っていた理事長が壇上に向けて歩き始める。
「……来たか」
「はい、予定通りです」
小声で呟く聖斗に対して真紅が答える。事前に打ち合わせていた通りの展開だ。
普段はこういった全校集会では何かを喋る事もなく、ただ静観しているだけの理事長が今回に限っては壇上に立つのだ。わざわざ理事長が自ら挨拶するというのは実に珍しく、その様子を生徒達は不思議に思っていた。ざわめきが大きくなっていく。
「え? なんで理事会の偉い人が?」
「知らなかった……」
「理事長が壇上で話すなんて珍しいね。どうしてかな」
「全校集会すぐ終わると思ってたのに」
「変だね、急に」
学園の理事長が今から何をしようとしているのか。それを理解出来た者は聖斗と真紅以外いないだろう。
理事長――彼らは聖斗と真紅にとって最後の協力者、彼は生徒達を見回した後、静かに口を開いた。
「生徒諸君。突然だが理事会を代表して話がある。我々の設立した学校法人では成績に重きを置き、生徒諸君の学校生活を豊かにしようと様々な取り組みを行ってきた。そしてこの学校を立ち上げた中で、過去類を見ないほどの優秀な成績を残す生徒が現れたのだ。今日この場を設けた理由は、その生徒の優秀な成績を讃え、我々が特別に表彰したいと思ったからだ。その生徒の名前を読み上げる。高峰 甘楽さん、我間 風太くん。壇上に」
理事長が二人の名前を呼んだ瞬間、生徒達の視線は甘楽と我間の二人に集まっていた。
甘楽は鼻を鳴らしながら立ち上がる。我間も周囲にいるクラスメイト達に軽く手を振った後に立ち上がった。
「理事長から表彰だなんて当然よね。私ってば今までずっとトップ独走だし!」
「しゃあねえな、優秀だと困っちまうぜ。へっ、こんなもん楽勝だってのによ」
甘楽と我間は余裕の笑みを浮かべたまま壇上へと向かう。二人に向けて体育館に集まった生徒達は称賛の声を上げていた。
「流石は甘楽さんです! 素晴らしいですよ!!」
「凄いなぁ、学園のアイドルの甘楽ちゃんは」
「風太様、素敵ーっ!! きゃあああっ!!」
「風太様、かっこいいわぁ」
「ああ、やっぱり二人はすごいんだな」
彼らが称賛を浴びる姿を聖斗と真紅はじっと眺めていた。甘楽と我間の二人は知らない、あの壇上がこれから処刑台と化す事に、自分達が地獄すら生ぬるい奈落の底へと突き落とされる事を。
――もうすぐだ。
聖斗は甘楽と我間を睨みつけながら、真紅の手をぎゅっと握りしめた。
壇上では甘楽と我間が理事長から賞状を渡される姿がある。何も知らない二人は呑気に笑い合っていた。努力で得た成績ではない、不正を働いて手に入れた結果だというのに。
理事長である彼が何故、全校集会の場で二人の名を読み上げたのか。それは真紅が理事長を通してお願いをしたからだ。
全校集会が始まる前に、あの昼休みの屋上で話した内容――今回の件は聖斗と真紅が甘楽達に復讐を成し遂げる為に、理事長に協力を仰いで作り出した最高の舞台だった。
理事長は今回の全校集会という場で甘楽達を潰す為の場を用意してくれた。
甘楽達と繋がっている教員達すらも出し抜いて全ての準備を整えた。後はこの舞台で甘楽と真紅を叩き潰すだけ。
甘楽と我間の二人は渡された賞状を見つめながら嬉しそうにはしゃいでいる。
そしてその賞状を手にステージを降りていこうとした、その時だった。
「高峰 甘楽、我間 風太。まだ終わってはおらんぞ、そこで立って待っているのだ」
「は、はい? 終わってないって……どういう事よ?」
「なんだよ……もしかして賞状以外になんかくれんのか? 金一封なら大喜びだぜ!」
壇上にいる理事長は秘書に目配せをする。
それを受けて秘書がステージ上でプロジェクターの準備をし始めていた。
ステージに取り付けられていた白のスクリーンが下りていく、これから何が行われるのかと生徒達は皆一様に首を傾げていた。
そして理事長は再びマイクを手にした。
全校集会の会場は静寂に包まれている。誰もが息を呑み、壇上に立つ理事長の言葉を待っていた。そんな中、理事長はゆっくりと口を開く。
「此度はもう二人の優秀な生徒を表彰したいと思っている。では上がりたまえ――緋根 聖斗くん。黒曜 真紅さん」
理事長が二人の名前を読み上げると会場はどよめき始めた。壇上に登っていた甘楽と我間の二人も驚きの表情で理事長の顔を見つめている。
聖斗と真紅は静かに、だが不敵に笑って見せた。全てが彼らの思った通りに進んでいる、復讐を成す為に用意された最高の舞台はこうして幕を上げたのだ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。