39:処刑台
聖斗達がステージへと上がった瞬間、体育館の中は一気に騒然とし始めた。生徒達は一体何が起きたのかと壇上の聖斗達を見上げる。
「嘘……何であの二人が?」
「どうして理事長があの子達の名を呼ぶのよ!」
「優秀な生徒っておかしくね? あいつら強姦魔の緋根 聖斗と悪魔の黒曜 真紅じゃねえか」
甘楽達に向けられる称賛の声に対して、生徒達は非難する声を上げていた。
それもそうだ。学園の生徒は皆、聖斗が甘楽を襲おうとした強姦魔だと、真紅は結城を自殺に追い込んだ悪魔だと、そう思い込んでいる。そんな彼らにとって理事長が優秀な生徒として二人の名を呼んだ事が信じられなかったのだ。
聖斗と真紅が理事長の前に立つ。
二人は深々と頭を下げると甘楽と我間に視線を向けた。
突然現れた二人の登場に、甘楽と我間は呆然として固まっている。
何故ここに聖斗と真紅がいるのか、それが理解出来ていなかった。
「ど、どういう事よ? な、何であんた達が!?」
「そ、そうだぞ!? お前らがどうして!?」
全校集会での表彰は聖斗と真紅が甘楽と我間を潰す為だけに作り上げたシナリオ。
本来ならばこの表彰式は行われないはずだった。校長も教頭も教員達も知らない、聖斗と真紅が仕組んだ計画なのだから。
学園理事達に話をして協力をしてもらい、甘楽と我間を追い詰める為だけの場所。
甘楽達が不正を行っていた証拠は全て揃えてある。これを突き付ければ二人は破滅的な最後を迎える。
「ふふ、ようやく追い詰めましたよ。お二方」
「ああ、もう逃げられない。覚悟しろ、お前達はここで終わりだ」
聖斗と真紅は黒い笑みを浮かべながら甘楽と我間を見つめた。
目の前で起こっている状況が受け入れられず、甘楽と我間の二人はただただ慌てふためく事しか出来ない。
「では理事長、マイクをお貸し頂けますか?」
「うむ、後は黒曜さん。君に任せよう」
そう言って理事長は持っていたマイクを真紅に手渡した。それを確認してから真紅は一歩前に出て、ステージの中央に立った。
そして聖斗は用意していたタブレットPCをプロジェクターに繋ぎ、画面を操作し始める。
「さて皆さん、理事長先生のご紹介の通り、わたしは黒曜 真紅と言います。わたしがこうして壇上に立ち、マイクを持ってお話する事に驚いていると思いますが、これは予め理事長によって決められたスケジュールの一つ、しばしのお時間を頂きます」
真紅はそう言うと一度深く息を吸い込んだ。
そして大きく目を見開き、鋭い眼光で体育館に集まった生徒達を見下ろす。その威圧感に誰もが言葉を発せずにいた。
「では、最初に何故わたしがこうしてステージに立っているのかについて、です。わたしは今から三ヶ月前、わたしの父の友人であるこの学園の理事長に依頼され転校してきました。では何を依頼されたか。それは学校内に蔓延る不正を追求し、それを白日の元に晒して欲しいというものでした」
その発言によって会場は再びざわつき始めた。
何せ真紅は結城 香織を自殺に追い込んだとされる人物だ、そんな彼女が理事長と繋がっていた事に皆が驚きを隠せない。聖斗もそれを初めて聞いた時、あの屋上でそれはもう驚いたものだ。
転校初日――真紅が教室で放った『今すぐにでも死んでしまいそうな程に悲しい匂いがしています』という言葉。真紅は転校する以前から知っていたのだ、この学校に蔓延る不正の匂いを。
「この学校にはまるで授業への意欲もなく、遊び呆けているにも関わらず、異様にも優秀な成績を残す生徒がいる。理事長はそれをずっと不審に思っていました。けれどそれを調査させる為に校長へと指示を出すも一向に事態が進展する気配がない。依頼した外部機関の調査ですら何一つ証拠は見つかりませんでした。そこで理事長はわたしの父に相談を持ち掛けたのです。わたしの父が何者か、という点は伏せますが。ともかく理事長はわたし達の力を借りようとした。そして父はわたしに学校へ潜入し、生徒として振る舞いながら不正についての証拠を集めて欲しいとお願いしたのです。初めは乗り気ではありませんでした。当時のわたしは遠い海外の学校へ留学していましたし、母と共に暮らしていた為、日本に戻るつもりはなかったのです。ですが理事長からの話を直接聞き、学園内に渦巻く悪意の深刻さを理解し、今回の依頼を受けようと覚悟を決めました」
真紅は鋭い目付きのまま、ゆっくりと甘楽へと視線を向ける。
甘楽は突然自分の方を見られた事でビクリと肩を震わせた。
しかし真紅は彼女の様子など気にせず、そのまま言葉を続ける。
「それからこの学園へと転校し、色々な事を調べました。そしてとある生徒の情報にたどり着いたのです。その彼はこの学園内である女性に出会い恋をした。ここまでなら淡い青春の1ページに過ぎません。しかし、そうではなかった。彼の想い人は……恋人だと思っていたその女性は、実は恋人を演じていただけで金銭を搾取する目的で彼を騙し続けていた。実際は本命である別の男性と付き合っていたのです。それを知った彼は周囲にその悪事を伝えようとした。しかし、その声は決して届かなかった。共謀した多くの人達によって校内は嘘によって塗り潰され、その彼は被害者でありながら、その女性を脅迫して弱みを握り奴隷のように扱っていたと、彼にとってありもしない噂が流された事で、輝かしい未来が待つはずのその人生は大きく狂ってしまったのです」
体育館を見下ろす真紅の瞳はまるで燃え盛る炎のようだった。まるで熱を帯びたように、その口からは次々と言葉が溢れてくる。その迫力に気圧されたのか、体育館に集まった生徒達は何も言わずにただ息を飲む。
その静寂の中、真紅は更に言葉を続けていく。
「校内を塗り潰したその嘘によって多くの生徒達が彼に牙を剥いた。彼に対する暴言や暴力の数々、そして彼は居場所を失った。心を病んで閉じこもってしまったのです。そしてその毒牙がわたしの大切な方にも向けられていた事を知りました。今となっては理事長からの依頼の為だけではなく、その方の力になりたいと、わたしは彼と共に復讐を遂げる為に今ここに立っています」
多くの生徒達が静まる中で唯一、壇上に残っていた甘楽だけが声を荒らげていた。まるで幼稚な子供のような言葉を吐き散らしながら。
「な、何を言ってんのよ!? なんでそれを今この場でいう必要があるのよ! か、関係ないでしょ私達には!!」
けれど真紅は一切動じない。冷めた瞳で甘楽を一蹴する。
「――黙りなさい、高峰 甘楽」
真紅は冷たく言い放つ。今までに見せたことのない鋭い目付きで。
その姿を見た甘楽は悪魔を前にして怯えた小動物のように身体を震わせる。
震える甘楽から視線を逸らすと真紅は再び説明を続ける。
「この被害者の方は全部で三人。その中の一人について――今こうして集まっている生徒の皆さんも心当たりがあるでしょう、つい最近聞いたはずです。緋根 聖斗くんがとある女性を襲おうとしたと、アパートに押しかけ乱暴を働こうとした時、その場に偶然現れた方に助けられたと、それが学校中で噂になっていたはずです。思い出してみてください、誰が襲われ、誰が助けたのかを」
ざわめく生徒達、至る所から聞こえてくるのは『高峰 甘楽』と『我間 風太』の名前。誰もがその名前を口にしていた。
甘楽は集まる生徒達に向けて震えながら声を上げる。学校のアイドルとして知られる甘楽の声なら届くはずだと、必死に助けを求め始めた。
「み、み、みんな!! 騙されちゃ駄目よ! あいつは悪魔なの、みんな忘れないで!! 理事長を抱き込んであの事を有耶無耶にしようって思ってるだけなの!! 絶対そうよ!! わたしはそんな事しない! 知ってるでしょ!? 証拠だってないじゃない!! だからそんな奴の話なんか聞かないで!!」
彼女がそう声を上げた直後だった。聖斗が用意していたタブレットPCを操作する。プロジェクターを通しステージのスクリーンに映されたのは、甘楽達の会話が刻銘に記録されたグループトークだった。
「あ……あ……何で、何であんた達が、私達のグループトークを、え……?」
「ど、どういう事だ!? 甘楽!? あいつらはあのグループに入ってなんて……絶対に無いだろが!?」
甘楽に続いて我間も声を上げていた。
もう隠す必要はないだろうと、聖斗はタブレットPCを操作する。グループトークの会話ログがスクリーンの上で流れていく。映し出されるのはつい先程まで行われていた甘楽の醜い発言。彼女がクラスメイト達に指示を出す様子や、聖斗や真紅に向けられた暴言、嘘をばらまく為の口裏合わせの内容や、それを断ればどうなるかを脅しつける様子が克明に記録されていた。
画面のスクロールが終わると同時に会場は静寂に包まれる。
皆一様に信じられないという表情を浮かべて、ただ呆然と立ち尽くしている。ただ聖斗達のいるクラスメイト達や甘楽と繋がりのあった生徒達は違う反応を見せていた、自分達の名前がスクリーンに映し出される様子に震え上がる。慌てふためく、顔を青白く染めていく。
そんな中、壇上の甘楽は必死に声を張り上げる。彼女はまだ諦めていなかった。
「あ、あんなのデタラメよ! わたし達を陥れる為に偽装したんだわ!! そ、そうよ! グループトークなんて人を集めてアイコンから名前から一緒にすれば、簡単に作れるものね!!」
だがその言葉は虚しく会場に響き渡るだけ、誰も彼女の言う事に耳を傾けようとはしない。
それどころか、まるで汚物を見るような視線を向けてくる。それはそうだ、スクリーン上で流れ始めた映像が紛れもない真実である事を告げていた。
「う、嘘だ……なんで、なんであれまで……そんな違う、違う違う違うううううう!!!!」
それは彼女達が自分達の行いを自慢しようと残していた動画だ。甘楽や我間、それに他のクラスメイト達が酒を飲み煙草をふかして暴れるように遊び回る映像、もう一人の被害者である加藤に向けて暴行を加えるもの、店内に置かれた商品を盗み自慢する様子、更には車を盗みそのハンドルを握り無免許運転をする我間 風太――彼女達が今まで積み重ねてきた悪行の数々がスクリーンに映し出される。
「な、何でだ……何でだよ!? ちげえだろ!? あのグループトークと……自慢用のトークは別にしてて、あれを見れるのは俺達だけで……ど、どういう事だ、一体何なんだよおおお!!!??」
我間が荒ぶる。今にも飛びかかろうとする彼を理事長の用意していた警備員達が取り押さえる。必死にもがきながらも彼は真紅と聖斗を見上げていた。
自分達が悪いという現実を受け入れられないまま、まるで子供のように喚き散らす。
「偽装した、と仰っしゃりましたが今の映像もそうなのでしょうか。まるでそうは思えませんね、皆さんの顔がはっきりと映っています。声もあなた方のものです。つまりこれは事実なのでしょう。あなた方の愚劣極まりない行為が全て」
「う……あ、何で……何で……俺達以外に、誰も……まさか、まさか!?」
我間は集まる生徒達の方へと顔を向ける。鋭い眼光で彼らを睨みつけると、彼は声を震わせながら叫んだ。
彼もまた気付いてしまったのだ。この場にいる者達の中に裏切り者がいると。そしてそれは正解だった。木下 響――それが聖斗と真紅の協力者。しかし、内通者が誰なのかは彼女の身を案じて伏せられている。
我間の視線を受けて自分は知らないと言い訳するかのように一人、また一人と顔を逸らしていく。誰が内通者なのかは我間には分からない、ただ怒りに震える事しか出来ない。彼らを見て我間は唇を強く噛み締める。
そんな我間を見下ろしながら真紅は笑う。そうだ、まだ終わりではないのだ。むしろこれからが本番なのだ。
「――このように彼らはこの学校に入学して以降、ありとあらゆる悪行に手を染めてきました。では何故このような事になったのか? 何故ここまで堕ちてしまったのか。その理由を説明しましょう」
真紅は言った『容赦はしない』と悪魔のように囁いた。甘楽はそれを知っている、だから戦慄する。この先に何が待っているのか分かっていたからこそ、彼女は死にものぐるいでそれを止めようとした。
「やめろやめろやめろおおおお!!!! やめろおおおおおおあああああああ!!!」
悲痛の叫びを上げ、彼女は手を伸ばす。だが、その手が真紅に届く事はない。
彼女が掴むのは、ただただ絶望だけだった。
甘楽の声など聞こえないと言わんばかりに真紅は話を続ける。
――そう、全てはここから始まったのだ。
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