34:悪意の塊
聖斗は不思議に思っていた。
あれだけ『あんた達を叩き潰す』と豪語しておきながらも、甘楽達は聖斗と真紅に向けて直接的な危害を加えてこようとしなかった。三限目にあった体育の授業でも昨日のような酷い目にはあわなかった。
それがどうにも不可解だった。むしろ不気味に感じる程だ。
甘楽は何を考えているのだろうか? 聖斗の頭の中で疑問が渦巻いている。
(でも何もしてこないっていうなら好都合なくらいだ)
きっと甘楽達は聖斗と真紅の二人を陥れる為に何かを準備しているのだろう。だからその準備が終わるまで手を出すなと、そういう指示を出しているのではないかと聖斗は考えていた。
もし聖斗の予想が合っているなら甘楽は誤った選択を取っている事になる。何故なら今日の放課後には聖斗達の計画は全て終わっているのだから。
甘楽達が今まで積み上げてきた悪行に関する証拠を突き出し、彼女達を徹底的で破滅的な最後へと導く事が出来る。
テストの不正だけではない。数え切れない程の犯罪行為の証拠を聖斗と真紅は掴んでいるのだ。既に真紅と聖斗が放った弾丸は木下 響という彼女達にとっての急所を貫いていた。
甘楽達は既に死に体でしかない。聖斗と真紅によって既に追い詰められている。
だからこそ甘楽達が何かの準備に手間を掛けているというなら好都合。反撃に転じてくるその前に全てを終わらせられると――そう思っていた。
聖斗は油断していた。警戒心が薄れていた。
彼女達が何もしてこない事そのものに意味がある事を知らずに、心の何処かで安心しきっていた。
甘楽達の狙いは聖斗を油断させ、警戒心を薄れさせる事、そしてその隙を突く為に、聖斗の意識が僅かに逸れたその一瞬を狙い――彼女達は動き出した。
午前の授業が終わり昼休みの開始を告げるチャイムが鳴る。
この時、聖斗は今日も真紅と一緒に誰も居ない屋上で昼食を取るつもりだった。その時に真紅が昨日の内に済ませた『最後の準備』について聞き出そうと思っていた。
だから真紅を連れて屋上へと向かおうとしたその時、悪意の鐘が学校中に響き渡った。
それは校内放送用のスピーカーから聞こえてきた。それが甘楽達の反撃の初めの一手だという事に聖斗は気付けていなかった。
『――2年C組、黒曜 真紅さん。校長先生からお話があります。至急校長室に来て下さい』
「え?」
聖斗はスピーカーの方を見つめる。今の放送は一体どういう事なのかと、困惑しながら。
不良生徒を生徒指導室に呼び出すとか、そういった類いの呼び出しなら何度か聞いた事がある。けれど校長が直々に生徒一人を呼び出すなんてとても珍しい。聖斗の学校は私立なので学校法人を経営する最高責任者である理事長が居て、その理事長に学校の運営を任された校長がいる。
その運営の責任者である校長が一生徒を呼び出している。しかもその相手が真紅なのだ。何故、真紅だけが呼ばれたのか? 聖斗は不思議に思いながら真紅の顔を見る。
彼女は唇を指で触れながら考え込むような仕草を見せていた。
そして小さな声で呟き始める。
「……なるほど、そう来ましたか」
「そう来たって、黒曜さん?」
「緋根くん。待っていてください、向こうのこの動きはむしろ好都合です」
「好都合? まあわかったよ、じゃあ俺は昨日みたいに屋上で待ってるよ」
「はい。出来るだけ早く戻れるように善処します。わたしがいない間に、甘楽さん達が緋根くんに接触を試みようとした時は……必ず逃げて下さい。良いですね?」
「もちろん。放課後に全部終わるんだ、それまで上手く立ち回らないと。黒曜さんも気を付けてね、校長室へ行くまでに周りが手を出してこないとも言い切れない」
「……そうですね。では、行ってきます」
聖斗の言葉に少しだけ寂しげに微笑むと、真紅は足早に教室を出て行った。その後ろ姿を見送りつつ、聖斗も屋上へと向かう。
階段を向かう途中、すれ違う生徒達は皆が一様にじっと彼を睨むようだった。そしてスマホを取り出しては何か文字を打ち込むような仕草を見せていた。
(スマホで陰口でも叩いてるのか? 本当に陰湿だな……)
けれどそれも今日までだ。あとちょっとの辛抱だ、と聖斗は自分に言い聞かせるようにして屋上へ続く扉を開けた。
昨日のように十二月の寒空が広がっている。冷たい風が頬に当たる。この寒さの中、わざわざ屋上に来る人間など今日も居ないはず。
聖斗は屋上に出ると辺りを見渡す。誰もいない事を確認してから、昨日と同じベンチに腰を下ろした。
そして真紅が戻ってくるまでの間、暇潰しの為に読書でもしていようと鞄の中に手を入れた瞬間だった。
「……っ!?」
聖斗は目にする、目にしてしまう。屋上の入り口からぞろぞろと現れる男子生徒達、そしてその誰しもが敵意に満ちた目で聖斗を見ていた。
そしてその先頭に立つ男を聖斗は知っている。忘れるはずがない、その男は甘楽と共に学園内に悪意を振りまく元凶の一人――我間 風太がそこに立っていた。
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