32:復讐の日
その日、真紅がアパートに戻ってくる事はなかった。
彼女は『最後の調べ物』をする為に、夜の闇の中へと消えていった。
あの後に聖斗は結城とスーパーで会った事を真紅にスマホで伝えた。そして彼女からの返信で聖斗が感じていたものが間違いでなかった事を知る。確かに真紅は結城を助け出す事に協力したのだという。
それから調べ物を終えた事も伝えてくれた。しかし、まだその内容は聖斗には伏せられている。あまりの内容にメッセージでは伝えきれないと真紅は語っていた。それは徹底的で破滅的な復讐を成し遂げる為には必要な事で、真紅はその最後の準備を仕上げたのだ。
そして――決戦の時は来た。今日の放課後、全校生徒を集めた集会が行われる。
彼らの前で甘楽達の悪行の数々を暴露し終止符を打つ。
その為に必要な事はやった。証拠となるものは全て揃っている。既に甘楽達の破滅する未来は確定したようなもの。
後は――ただひたすらにその時間が来るのを待つしかない。それまでに聖斗と真紅の二人は学校で襲いかかってくる悪意と敵意に耐えるのだ。
聖斗は朝、洗面所の鏡の前で立っていた。自身の顔をじっと見つめる。そこには昨日までの自分ではない、自信に満ちた表情を浮かべる自分がいる。
だが、その顔は決して強気というわけではない。これから学校に行けばまた悪意と敵意を全身で浴びる事になる、それに恐怖を感じているのは確かだ。
それでも逃げない、最後の最後まで立ち向かうと決めた。だから、この恐怖を乗り切ってみせると聖斗は覚悟を決める。昨日のように頬をぱんっと叩いた後、自分自身に語りかける。
「やるって決めたんだ、絶対に成功させてみせる。みんなの想いを背負っているんだ」
甘楽達によって人生を狂わされた者達の願いを背負い、聖斗は前へと進む。彼らの分までこの復讐を成し遂げなくてはならない。悪行の数々を積み重ね、己の欲望のままに人々を利用し、傷つけ、それでもなお膨れ上がり続ける悪意を叩き潰す。今日ここで終わりにする。
そして学校へ向かう為に支度を終えた聖斗は玄関の扉を開く。
その先で聖斗は彼女に会った。
黒い制服に身を包んだ一人の少女が扉の前で待っていた。
その少女は聖斗のよく知る人物だ。彼の隣に住み共に戦ってくれる大切な仲間。
漆黒の髪を腰まで伸ばし、凛とした表情で聖斗を見つめる。その紅い瞳は吸い込まれそうな程にどこまでも深く、星のように煌めいて綺麗だった。
桜色の艶やかな唇が柔らかく弧を描く。
その優しい笑顔と共に彼女はゆっくりとその小さな手を差し伸べた。
「準備は整いました、緋根くん。さあ一緒に終わらせに行きましょう」
「ああ。行こう――黒曜さん!」
真紅の差し伸べる手に聖斗は自分の手を重ねた。真紅の手は暖かく、安心感を覚える温もりがあった。この手を握り続ける、聖斗は誓った。最後の最後まで彼女の傍に居る。どんな苦難が待ち構えていようとも、決してその想いを曲げるつもりはない。
真紅が微笑む。聖斗は彼女と視線を合わせて、力強く答えた。
二人は前へと進む。
肩を並べて、歩幅を合わせて、共に歩んでいく。
徹底的で破滅的な復讐を成し遂げる――その為に。
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