28:掴んだ証拠

 聖斗と真紅の二人は寒い冬空の下で肩を寄せ合うようにベンチに座っていた。


 そこは聖斗が真紅に傘を差し出されたあの公園、かつて絶望に叩き落された聖斗が真紅と話したあの場所だ。

 

 時刻は午後6時を過ぎていて、季節も冬という事もあって辺りは真っ暗だ。近くには人通りもない。街灯の明かりだけが頼りとなる中、真紅はぼんやりとした表情で遠くを見つめている。


 聖斗はそんな彼女の横顔を眺めながら、響が真紅の手を取ったその後の事を思い出していた。


 響は自分が助かるならとスマホの中に隠されていた――甘楽達の不正の証拠を差し出した。


 テストの答えを共有する為のグループトーク。そこにはテストの答えに関するやり取りが残っていた。それだけではない、響はもう一つのトーク画面を聖斗と真紅に見せた。そこには聖斗も驚愕するような悪行の数々が残されていた。


 聖斗が甘楽を襲った、という嘘を周囲にばら撒くよう伝える内容や、未成年の彼らが煙草をふかし酒に溺れて何処かで遊び回る様子――自分達が万引をした商品を自慢する写真や、盗難した車を乗り回した無免許運転の姿を残した動画、甘楽達の被害者である加藤を校舎裏に連れ込み集団でリンチした時の様子を撮影した動画すら――その悪事の数々を自慢するかのような会話までが大量に残っていたのだ。


(あそこまで腐っていたなんて……信じられない)

  

 その悪事を先導していたのは甘楽と我間 風太の二人だ。彼らは悪事を見せびらかす度に、それをまるで偉大な功績のように自慢げに語っていた。


 そしてグループに参加していた人達も徐々に流されていく、その流れに逆らう事は出来なかった。


 高峰 甘楽と我間 風太の二人によって彼らは皆、ヘドロの底へと引きずりこまれていった。思春期という心の発達に必要な時期に、二人によって歪んだ価値観を植え付けられてしまっていた。その結果が、その内容が、響から渡されたスマホの中に刻銘に記録されていたのだ。


「全くもって愚かなものですね。ただひたすら悪意に染まっていっただけではない、承認欲求を満たす道具として悪事を繰り返し、その様子を共有し見せびらかす事で己を誇示する――本当に哀れな人達です」

「……」


 聖斗は何も言わず、真紅の言葉を聞き続ける。


 人は誰しもが善意を持って生きているわけではない。悪意をもって他者を傷つけようとする人間は確かに存在する。そしてその善意を持っていた人すらも、周囲が悪に染まってしまえば自身も悪に染まってしまう。


 彼らが犯した数々の罪は、その悪に染まった者達を束ねた結果生まれたものだ。誰かが止めなければいけなかった、けれど今まで誰も止められなかった。堕ちていくしかなかったのだ。


「ともかく、響さんから手に入れた不正の証拠、それに彼らの犯した数々の罪に関する動画や写真などもあります。後はこれを公表すれば甘楽さん達を破滅に追い込む事が出来るでしょう」

「……そうだな、これでもうあいつらがどうしようもない人間だって事の証明が出来る」


「ええ、後はこれを突き付ければ、それで終わりです」

「…………」


 聖斗は少しだけ視線を落とす。真紅の手を取ったあの日の事を思い出していた。


 彼女は聖斗をヘドロの溜まった底から救い出してあげると、彼に被せられた汚名を晴らすのと同時に、甘楽達へ徹底的で破滅的な復讐を成し遂げようと誘ってくれた。


 聖斗にとってそれはまさに天啓であり、目の前に差し出された救いの手であった。それが悪魔との契約だったとしても構わないと、聖斗はその手を取る事に躊躇いは無かった。


 あの日から長い時間は経っていない。しかし、真紅は言葉の通りに全ての材料を揃えきった。甘楽達を奈落の底へと叩き落とす為の証拠の全てを手中に収めた。


 それを突き付けさえすれば聖斗の汚名も晴れる、甘楽達が学校中に振りまいた噂の全てが嘘だと知れ渡る。そして甘楽達に人生を狂わされた被害者達の無念を晴らす事だって、学校に渦巻く悪意の根源を取り除く事だって出来るのだ。


 けれど同時に思ってしまう。


 これ程の事を、誰も成し遂げられなかったそれを、この短い期間で可能にしてしまった黒曜 真紅――悪魔と呼ばれ恐れられる彼女は一体何者なのか。


(何故こんなにも早くここまでの事が出来たのか、これほどの力を持っている人が、どうして俺に手を差し伸べてくれた、黒曜さんが悪魔と呼ばれる理由は一体……?)


 その疑問は聖斗の心の中にずっと引っかかっている。


 真紅は聖斗に対して優しく接してくれて、彼を何度も助けてくれた。だからこそ聖斗は彼女を信じて付いて行こうと思った。


 だがそれでもまだ分からない。彼女が本当は何を考えているのか、どんな目的で動いているのか、どうして自分の為にここまで力になってくれたのか。


 そんな聖斗の不安を感じ取ったのか、真紅は聖斗の方を見て柔らかく微笑む。


 そして聖斗の手を握ってくれた。彼女の白くて小さな手が、聖斗の手を包み込んだ。


「大丈夫です、緋根くん。必ず上手くいきますから、心配しないで一緒に最後の一歩を踏み出しましょう」

「ああ……ありがとう、黒曜さん」


「ですがいくら証拠の全てを公表しようと思っても、彼らはきっと最後まで抵抗しようとするはず。だからわたし達もその抵抗を打破する為の最善手を取らなくてはなりません」


「最善手……か。不正の証拠や悪さをしていた様子を、どうやって上手に学校中へ周知させるかってところだよな。甘楽達の目の前で突き出した所で……下手すれば暴力で黙らされる事だって考えられるよな、こっちにだって反撃する手段がないわけじゃないけど……」


「そうですね。無策に挑めば証拠もろとも捻り潰されるかもしれません。なので最高の舞台を用意して、最高のタイミングを見計らって、一気に攻め込まなくてはいけないのです」


「舞台を用意する? どういう事だ?」

「全校生徒が一堂に会し、教員達の全ても集う瞬間があります。彼らが多くの人を利用して悪意を振りまいてきたように、わたし達も多くの人を利用する。それも最大限に活用するんです」


「……生徒全員を、教員達を利用って、まさか……?」

「ええ、緋根くんの想像通りです。全校集会――それが彼らに復讐をする最高の舞台です。甘楽さん達が声を上げる余裕も、周囲に嘘をばら撒く時間も与えない。その場で全ての人達に彼女達の悪行の数々を暴露する。決して容赦はしない、叩き潰しましょう」


 その言葉に聖斗は心底驚いていた。


 彼女は復讐を成し遂げる為に、学校中の全てを巻き込もうとしている。自分達が望む結果を手に入れる為ならば、自らに悪意をぶつけていた全ての人々すらも利用する。学校中を真実で覆い尽くすのだ。


 その行動力と意志の強さは、聖斗にはないものだ。それが眩しく見えるのと同時に恐ろしくも思えた。彼女の言う、徹底的で破滅的な復讐に一切の躊躇も油断もない。


 けれど不思議と悪い気はしなかった。むしろその考え方は嫌いではないとすら思ってしまった。


 それに真紅なら本当にやり遂げてしまいそうな気がして、聖斗は自然と笑みを浮かべてしまう。


 そんな彼を見た真紅もまた嬉しそうに笑ってくれる。


(やっぱりそうなんだな、黒曜さんは。俺が感じていたように、本当に最後の最後まで力を貸してくれるんだ)


 彼女は悪魔かもしれない。けれど悪魔が契約を絶対に破らないように、真紅もまた聖斗を決して裏切らない。


 そして聖斗も真紅を最後の最後まで信じ抜く。


 全校集会が行われるのは明日の放課後。

 それに向けて二人は計画に向けた最後の打ち合わせを進めるのだった。

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