29:結城 香織

 聖斗は真紅と公園で別れた後、アパートの近くにあったスーパーへと足を運んでいた。


 真紅は別れる直前『最後に調べたい事がある』と告げ、夜の暗闇へと消えていく。聖斗はそれを見送ってから、家に帰る前に買い物を済ませておく事にした。


 聖斗は真紅との復讐が成し遂げられると信じている。だから自分の為に力を尽くしてくれた真紅へお礼がしたいと、明日の成功を祈った上で彼女に美味しいご馳走を用意したかった。


 全校集会が行われるのは明日の放課後だ。今日の内にたくさんの食材を買い込んで明日の夜までにご馳走を用意して、真紅と二人で成功を祝って食事会を開きたいと思っている。


 そうして食材を眺めながら一体何を真紅に食べてもらおうかと、どんなご馳走を振る舞おうか――そう考えていた時だった。


「あの……緋根 聖斗さん、ですよね?」

「んあ?」


 突然自分の名前を呼ばれ振り向く聖斗。その先には少女と思しき人物が経っていた。


 思しき、というのはその人物がマスクとサングラスで顔を隠して、頭をすっぽりと覆うフードを深々と被っていたからだ。だから聖斗は呼びかけられた時のその声で、相手が女の子だとそう判断していた。


 しかし目の前にいる人物は、そんな外見のせいもあってか、何やら怪しい人物にしか見えない。


 そもそもこんな夜に女子高生らしき人が一人で歩いているのはおかしいだろう。聖斗は警戒するように、目の前の少女を睨んでいた。


「あ……そんな凄まなくても。ちょっと……ううん、かなり用があって。時間ありますか……?」

「……」


「えっとね、私は君に会いに来たんだけど……。その、出来れば二人きりになりたいって思ってて」

「そもそも誰だ? 一体何のようがあって声をかけた?」

「それは……」


 聖斗は目の前の人物に対して素直に疑問を口にした。彼は今、学校では甘楽を襲おうとした強姦魔という嘘のレッテルを貼られている。


 彼女が聖斗を知っているなら、同じ高校の生徒である可能性は非常に高い。強姦魔だと周囲に思われている以上、そんな聖斗を相手に同じ高校の女子生徒が一人で話しかけてくるなんてあり得ないのだ。


 聖斗は周囲を伺った。これはきっと罠で、自分を何処かに連れ込もうとしている。そしてそこで加藤がされたような暴行を受けるのではないかと、そう思ったのだ。


 だが周囲にいるのは仕事帰りの買い物客ばかりで、聖斗と同年代の人間は見当たらない。でも外で待ち伏せしている事だって考えられた、油断出来ない。だから聖斗は一歩後ろに下がると、いつでも逃げ出せるように身構えた。


 すると相手は焦るように、慌てて両手を前に出して左右に振る。まるで敵意がない事を示すように、必死になって弁明を始めた。


 聖斗はその様子を怪しみながらも、とりあえず話だけは聞いてみる事にする。


「あ、あの……覚えてますか? 私、緋根さんと同じクラスで……」

「同じ……クラス、っやっぱな」


「ち、違うんです! いえ、違わないけど……私、聖斗さんの事を悪く思ってないです。むしろ……感謝したいくらいで、だから……」


「感謝? 何を言ってるんだ、同じクラスの女子なら黒曜さん以外は全員甘楽とつるんでる。お前だってそうだろう? 学校中に俺が甘楽を襲おうとしたって嘘をばら撒いて、皆を騙してるじゃないか!」


「違う、違うんです。私はしてないです……だって、私……転校したから、違うから……」

「転校……?」


 彼女がそう言った直後だった。身につけていたサングラスとマスクを外す、そして被っていたフードを下ろしたその先には――。


「――私、結城 香織ゆうき かおりです。覚えてませんか……? 二学期の途中までは一緒だった、私の事……」

「……っ!?」


 結城 香織。もちろん聖斗は彼女の事を覚えていた、彼女の顔を知っていた。いや、忘れる事など出来るはずがなかった。


 ――何故なら彼女は真紅をいじめていた主犯格の一人なのだから。

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