26:動き出す二人
放課後、ついに聖斗と真紅が動き出す。
二人の目的は甘楽達の急所と成り得る人物、木下 響と接触し彼女から甘楽達の不正の証拠を引き出すというもの。
聖斗と真紅の二人は物陰に隠れながら、目標である木下 響の様子を伺っていた。
「あれが黒曜さんの言っている……木下 響か。思ってた人と全然違うな……」
真紅の推測によれば甘楽達のグループの中で、木下 響こそが最も意思の弱い人間のはず。
けれど聖斗の瞳に映るその人物は、彼が想像していた姿とはかけ離れたものだった。
茶色に染めた長い髪はルーズサイドテールになっており、耳には派手なピアスをぶら下げている。化粧をしているせいか顔立ちはかなり派手で、制服のスカート丈はかなり短くなっており、彼女の白い太腿が惜しげも無く晒されていた。
聖斗はもっと地味で暗い感じの人物をイメージしていたが、目の前にいる木下 響はそれとはまるで正反対。まるでギャルのような見た目に聖斗は面食らっていた。
そして聖斗と真紅が観察している事に気付かず、木下 響は教室で他の生徒達と談笑しながらスマホを弄っている。
その隙だらけな姿から、彼女が悪意を持って自分達を陥れようとしているとは到底思えなかった。
しかし、だからといって油断はできない。響を取り逃してしまえばそれで終わりなのだから。
「それにしても……うちの学校が成績重視で頭髪とか化粧とかアクセサリに寛容とは言え、あそこまで派手にしてる子はそういないよな。すごい我が強そうな感じに見えて……本当に意思が弱いのかって心配になってくるよ」
「確かに見た目だけで言えばそうでしょうね。けれど彼女の中学の頃や、まだ一年生だった時は緋根くんが想像していたように地味で暗い印象だったのですよ」
「え。どうして三ヶ月前に転校してきた黒曜さんがそれを?」
「もちろん調べました。中学生の頃の様子は卒業アルバムから、1年生の時の様子については写真部が撮影した学園内で行われた行事などの様子で、響さんが写っている写真を拝借しました」
「……ど、どうやって? まさか黙って勝手に……」
「安心してください。写真部の撮影記録については学園内で配布されているものを参考にしています。無断で借りたりなんてしていないですよ。中学のアルバムについても響さんと同じ中学出身で、この学園にいらっしゃる方は当然いますから。その方に『お願い』してきたのです」
「お願い……か。まあその内容はともかく……じゃあ黒曜さんの言う事が確かなら、以前はもっと地味で暗い感じだったってわけか」
「はい。そして何故ああして見た目が大きく変わってしまったのか、というのも意思の弱さ故でしょうね」
「どういう事? 意思が弱いんなら……むしろ逆なんじゃ」
「響さんの今の状態は周りに流された結果、なのですよ。甘楽さん達のグループというのは学業を疎かにしてもテストで良い成績が取れる、余裕のある人間しかいない。そしてその余裕によって私生活が乱れたり、遊び呆ける時間ばかり増えていく。その結果、いわば不良のようになった方が大勢います」
「確かにうちのクラスって不良っぽい生徒が多いもんな……」
「ええ。そしてそんな人達に影響されて、響さん自身もその環境に流され派手な格好を好むようになっていった。それが今の響さんの現状です。むしろあの甘楽さん達と関わっているのに以前と変わらず変化が起きない、というのならそれは確固たる強い自分を持っている証拠にもなる。ですが彼女にはそんなものはありません、周りがそうだから自分もそうする。まさに典型的な意思の弱い人間です」
聖斗はその言葉を聞いて納得する。
響に対するイメージは大きく変わっていた
明るく活発的に見えるあの姿、あの輝きは紛い物で、実際は虚像に過ぎない。言ってしまえば操り人形、糸で引っ張られているマリオネットのようなもの。真紅の言うように意思の弱い人間――甘楽達の急所に成りうる人物。
聖斗と真紅は物陰に隠れながら響の動向を観察し続ける。
すると彼女はおもむろに立ち上がって教室から出ていった。一人きりになるその姿を見て、聖斗と真紅の二人も動き出す。
(……よし)
聖斗と真紅は互いに視線を交わし、そして同時に足を踏み出した。
二人は姿を隠しながら後を追い、一体彼女が何処へ向かおうとしているのか様子を伺う。
今日成すべき作戦の内容は響が一人でいる間に接触し、彼女からスマホの中のデータを入手する事。出来る限りひと気のない場所で作戦を実行に移したいと思っていた。
どうにかそのチャンスが来ないかと聖斗は祈っていたが単にトイレへと向かっただけで、用が済めばすぐにでも友人の居る教室へと戻ってしまうだろう。
「どうしよう、黒曜さん。木下 響が一人になるタイミングって今くらいしか……」
「加藤くんからの情報ですが、甘楽さん達の不正の証拠を掴んだあれ以降、響さんは友人と一緒に行動する時間が極端に増えたそうです、登下校も休み時間も放課後に至るまで。一人では居られないのでしょうね、弱い人間ですから自身の破滅が怖くて怖くて仕方がない。だから誰かと群れたがるのです。なら今このタイミングがわたし達にとって唯一のチャンスと言えるでしょう」
「けどどうやって話しかけるんだ? そもそも会話が成立するかどうかさえ分からないのに、知り合いでも何でもない俺達がいきなり話し掛けても怪しまれるだけじゃないか?」
聖斗の言葉に真紅は僅かに口角を上げると、不敵な笑みを浮かべた。
「そこは上手くやりますよ。わたしに任せてください、響さんを交渉に最適な場所へと連れていきます」
「……頼りにしてるよ。黒曜さん」
「はい。では行ってきますね」
聖斗が見守る中、真紅は女子トイレの中へと入っていった。
女子トイレは男子にとって禁足地、中の様子を確認する事だって不可能な場所。今の聖斗にはただひたすら真紅が無事に戻ってくるのを待つしかなかった。
しばらくして真紅が戻ってくる。一体彼女がどんな顔を浮かべるのか、聖斗は固唾を呑んで見守る。彼の視線に応えるように、真紅はぱちりとウィンクをして見せた。
(良かった……上手くいったんだ)
その様子を見て胸を撫で下ろす。彼女の後ろには顔面蒼白のまま身体を震わせる響の姿があって、その表情には恐怖が浮かんでいる。きっと真紅は上手いことやってくれたのだろうと確信すると同時に、聖斗はふと思う事がある。一体何を言えばあれだけ人を怯えさせる事が出来るのかと。
そして真紅は怯える響の手を取ると歩き出す。決して逃しはしないと言わんばかりに。
聖斗もまた二人の後を追いかけると彼女達は階段を登っていく。
向かう先は学校の屋上。
そこが真紅の選んだ交渉の場。
聖斗も二人に続いて屋上の扉をくぐる。
甘楽達の急所を一発の弾丸で撃ち抜く、その為に。
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