22:次の一歩
翌朝、聖斗は学校に行く為の支度を進めていた。
昨日は真紅と一緒に加藤の家へと行き、甘楽達の情報を手に入れる為に学校を休んだ。けれど今日は復讐を成し遂げる次の一歩を進む為に、聖斗にとって地獄と化している学校へと飛び込まなくてはならない。
聖斗は鏡の前で暗い顔をしている自分を見つめながら深呼吸を繰り返す。
「こんな顔じゃだめだ。弱い所を見せれば、あいつらの思うツボなんだ」
自身の頬をパンッと叩いて気合いを入れる。着ている制服のネクタイを整え、手櫛で髪を揃えて、鞄を持って外を出た時――ちょうど同じタイミングで隣の部屋の扉が開かれる音が聞こえてきた。
「おはようございます、緋根くん。今日もとても良い天気ですね」
「おはよう、黒曜さん。帰ってきてたんだな」
冬の朝日に照らされる制服姿の真紅が、隣の部屋から姿を現していた。
その表情からは昨日の疲れなどは一切感じられず、朝から咲き誇るような可憐な笑顔を浮かべている。
「昨日はお父様とお話をした後、アパートに戻ってきていたのです。緋根くんがちょうどバイトに行っている最中ですね」
「そっか。結局どういった用事だったんだ? 昨日は急いでいたみたいだけど」
「こちらも色々と立て込んでいまして。でも大丈夫です、もう片付きましたから」
「なら良いんだ。今日はどうしよう? 昨日は色々と話もして、何をするのかの方向性はかなり固まってきた気がするけど」
「そうですね、するべき事は決まっています。では学校に行きながらお話しましょうか」
「分かった。それじゃあ一緒に行こう」
聖斗と真紅は今日も肩を並べて歩き出していた。
真紅がこうして隣に居るだけで不思議と落ち着く。全身に勇気が溢れていくように感じる。聖斗の強張っていた表情も次第に和らいでいった。
そして通学路を進みながら、真紅は復讐への次の一歩、その内容を話し出す。
「緋根くん。昨日も話したとおりですが、わたし達は甘楽さん達にとって急所に成り得る人物――木下 響さんに接触しようと思います」
「黒曜さんが言ってた、あいつらの中で最も意思の弱い人間……か」
加藤によってスマホに残された不正の証拠を見つけられた後、それに動揺し期末テストの成績を最も落としてしまった『木下 響』が、グループの中で最も意思の弱い人間だという推測を真紅は打ち立てた。
自身が破滅しかけたという状況に流され、激しく感情を揺さぶられ、動揺した結果テストの答えを暗記するという単純な作業にすら集中出来なかった人物。グループの中で誰よりも意思の弱い人間。
そしてその響という少女に取引を持ちかけ、彼女の感情を再び揺さぶり『あなただけは助けてあげる』と、自らの保身の為に仲間達を裏切らせる事で、復讐を成す為の証拠を引き出すというのが昨日、真紅が語った内容だ。
「問題はどんなふうに交渉するか、だな。それを誤ればもうお終いなわけだし……慎重にいかないと。でも下手に出て舐められたりしてもなあ……」
「その事に関してはわたしに任せてください。上手にやれる自信がありますから」
「黒曜さんがやってくれるのか?」
「はい。むしろ適任だと思っています。緋根くんは優しい方ですから、他者を脅すような事は慣れていないでしょうし。苦手ですよね?」
「うっ……確かに俺にはそういうのは無理かも……」
「ふふ、期待していてくださいね。甘楽さん達を徹底的に破滅させる為にも、決してわたしは急所を外しません。一発で致命傷を与えます」
真紅は悪魔のような笑みを浮かべる。紅い瞳の奥には狂気が渦巻いているようにさえ見えた。
聖斗は思わず息を飲む。彼女に恐ろしさを感じながらも、同時に頼もしく思えてしまう。聖斗はその言葉を聞いて――改めて、真紅の差し出した手を取って良かったと感じていた。
自分一人だけでは絶対にここまで辿り着けなかっただろうし、そもそも真紅がいなければ今頃、ぽっきりと心が折れてしまっていたかもしれないのだ。
(ありがとう黒曜さん……。本当に感謝している)
聖斗は隣を歩く彼女に感謝の言葉を伝えたかったが、直前になってその言葉を飲み込んだ。
感謝するのはまだだ、まだ早い。決してまだ復讐を成し遂げるというゴールへと辿り着いたわけではないのだ。聖斗はまだヘドロの溜まった底から脱した訳でも、地獄のように歪んだ世界から抜け出せた訳ではない。
まだまだこれからなのだ。
今するべき事は真紅を信じて、一歩一歩前進していく事。そしてこれから迫ってくる悪意の数々に屈しないよう、自分を強く持って立ち向かっていくしかないのだ。
悪意の巣窟である学校が見えてくる。
聖斗はぎゅっと拳を握りしめ、怯える事無く前を向いて歩を進める。
そうして、聖斗と真紅は校門をくぐった――。
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