16:寄せ合う肩

 聖斗は真紅と共に駅へと向かっていた。

 肩を並べて歩きながら会話を交わす。


 その話題は真紅が言っていた情報収集の内容と今から向かっている目的地についてだった。


 聖斗はその内容を聞いて驚いていた。今、向かっているその場所は甘楽に人生を狂わされた被害者の一人であり、聖斗が通っていた高校を自主退学した元生徒の住む家なのだという。


 どうしてそんな場所に向かう事になったのか聖斗は訊ねる。彼女は紅い瞳でじっとこちらを見つめながらゆっくりと答え始めた。


「緋根くん。甘楽さんの被害者である彼らは、何も抵抗をしないまま学校を去ったわけではありません。今あなたがこうして復讐を成し遂げようとしているのと同じく、彼らもまた甘楽さんに抗おうと立ち向かっていたのです」


「でも……立ち向かったっていうけど結局は疑いを晴らす事も出来ないままだ。甘楽も我間もクラスメイトのみんなも平然としている、だろ……?」


「はい。確かにそうです。一人で立ち向かうには限界がありますから、周囲に撒き散らされた嘘を覆す事は出来なかった。けれど彼らは必死に抗ったのです。心が壊れるその直前まで……真実を突き止めようと戦った。今わたし達が向かっている先にいる彼はその中の一人です。わたし達の知り得ない情報を彼は持っているかもしれない、それを甘楽さんの復讐への糧にする。彼らもそれを望んでいるはずです、わたしの持ちかけた話に快く乗ってくれました」


「真実を突き止めようと心が壊れるその直前まで戦った……か。凄い勇気だ、たった一人で、だなんて」

 

 聖斗は思い出す。


 学校で浴びせられた暴言の数々、振るわれた暴力、向けられる冷たい視線。真紅が居たから聖斗は耐える事が出来た。けれど聖斗以外の被害者達は周りに味方なんて一人も居なかったはずだ。きっと聖斗よりも酷い状況にあった、辛かった、寂しかったはずだ。


 なのにそれでも諦めずに戦い続けたのだ。


 聖斗は感嘆していた。そんな事が出来る人間が居る事に。そして彼らの無念を晴らす事が出来る可能性が今の聖斗にはある、彼らの為にもこの復讐は成し遂げなくてならないと想いが強くなっていく。


「黒曜さん、一緒に頑張ろう。甘楽に人生を狂わされたみんなの為にも、必ずやってやろう」

「もちろんです。甘楽さん達の悪意によって潰され、輝いていた未来を奪われた。彼らの無念を晴らす為、徹底的で破滅的な復讐を」


 真紅の決意に満ちた紅い瞳に見つめられ、聖斗は彼女と共に戦う事を強く誓う。


 二人は駅に着くと電車に乗り込む。既に通勤通学時間が過ぎているという事もあり車内は混んでいなかった。


 空いている席を見つけると聖斗は真紅をそこに座るように促し、自分もまたその隣へと腰掛ける。


 電車が発車すると真紅はトートバッグからスマホを取り出して操作を始める。きっと先程言っていた被害者の一人である彼と連絡を取っているのだろう。


 ふと聖斗は真紅の横顔を見る。彼女は真剣に画面を眺めていて、時折指を動かして文字を打ち込んでいた。その横顔は凛としていて美しく、思わず見惚れてしまう。


(それにしても……女の子と出かけるって久々な気がするな……)


 聖斗は甘楽から『欲しいものがあるから付き合ってよ~』と向こうから積極的に誘われて出かけていた。今の聖斗からすれば『欲しいものがあるから財布になれ』と言っていたのが分かるものだが、まだ騙されていた事に気付いていなかった当時は素直に喜んで彼女の誘いに乗っていた。


 けれどそれは突然なくなった、ちょうど真紅が聖斗の隣室に越してきた頃だろうか。いや、違う。真紅が『悪魔』と呼ばれるようになって恐れられ、クラスメイト達から毎日のように繰り返されていたいじめが収まった辺りからだ。そのタイミングと甘楽が金銭を目的に聖斗をデートに誘わなくなった時期がぴたりと一致する。


 もしかしたら甘楽は真紅に何か言われたのではないだろうか、そう思って真紅に問いかけようとすると、真紅はこちらを向いていた。どうやら聖斗が見ていた事に気付いたらしい。


 彼女は小さく微笑むと口を開く。


「何だかこうして出かけていると、まるでデートのように感じてしまいますね」

「え、あ……そうか?」


「わたしが一人で浮き足立っている事もあるのですが。異性の方と外出し、こうして肩を寄り添い合うというのは、特別なものに感じるのです。憧れていたのですよ、今までこういう経験はなかったので」

「今まで経験がなかった……っていうと、黒曜さんは誰かとお付き合いしたりとか、そういう事なかったの?」


「はい。一度もありません。そして隣り合う初めての相手が緋根くんで良かったと思っています。わたしと緋根くんはお付き合いしているわけではないですが……こうしているととても心地良いのです、不思議な感覚です。胸がぽかぽかとしてくるのです」

「んああ……もう。黒曜さんは、平気でそういう事を言う……」


 聖斗は照れ隠しをするかのように頭を掻いた。真紅の言葉一つでこんなにも動揺してしまう自分が情けない。けれど仕方がないとも思ってしまうのだ。


 隣に座る真紅が浮かべる笑みはとても柔らかくて、見ているだけでじわりと胸の中が温まっていく。そしてそんな彼女から一緒に居ると心地が良いと、初めての相手が聖斗で良かったと言われたのだ。意識しない方がおかしいというものだろう。


 照れて頬を赤く染める聖斗を眺めながら、真紅はくすりと笑うと再び視線を手元のスマホへと戻す。


 聖斗も真紅から目を逸らして窓の外を眺め始めた。


 それでも肩だけは寄せ合い、電車に揺られて目的の駅に着くまでの間、聖斗はずっと真紅の傍でそうしていた。

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